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2009.04.02

藍の満干 色のあるファンタジー

20090322_034 見わたせばわたしの周囲には色が満ち溢れている。視界に入った途端に鮮やかさを増すもの。色褪せてゆくもの。変わらずにそこにあるもの…さまざまな色たちがこの世界には存在していることに、はたと気づかされる。その色たちを慈しむように、大切に紡がれたように感じられる、稲葉真弓著『藍の満干 色のあるファンタジー』(ピラールプレス)には、美しくもささやかな幸せに満ち満ちている物語が多い。人生におけるもっとも美しかった瞬間は、こんなにも色とりどりであることに、こんなにも愛おしい色たちに祝福されていることに、今更ながら気づかされるのだ。そして、ふと思う。わたしの今はどんな色をしているのだろうかと。そして、今後のわたしはどんな色と出会うのだろうかと。

 18もの物語の中でわたしが強く惹かれたのは、第五話の「オレンジの窓の明かり」だった。眠れぬ夜を孤独に、“お向かいさん”の明かりを眺めて過ごす女性の物語である。三十六歳という、若いのか若くないのか微妙な年頃の彼女は、向かいからこぼれるオレンジの明かりに引き寄せられる。自分のように眠れない人がいるだけで、時折横切る人影を見ただけで、ほんのひととき幸福感に包まれる。灯りの中でも一番好ましい優しさを放つ色によって、彼女の日常は慰められる。まるで合わせ鏡のような自分の部屋と向かいの部屋。ささやかな出来事が、ほんの少しの偶然が、これから先の物語の続きを盛り上げてゆく。もどかしさと共に、愛おしい色が繋いだ何とも不思議な縁の物語が紡がれているのだ。

 また、第九話の「黄金色の神さま」もいい。長年連れ添った老夫婦の回想の物語である。銀杏並木の見えるカフェ・テラスで散りゆく銀杏を眺めながら、ずいぶん長いこと向かい合ったままでいるふたり。無言のままでも相手が同じようなことを思っていると、分かり合えるような境地に至っている夫婦が、婚約当初の記憶に思いをはせるのだ。もう二度と行けないかもしれない。そんな思いをどこかに抱きながら、いつかの話をする。そんな淡い夢のような時間もなかなかよいものだなぁと思わせてくれる展開。これは、共に年を重ねてきたふたりだからこその物語だろう。そして、今をきらきらとさせる物語でもある。過ぎ去った時間も、残されている時間も、同様に愛おしいと感じさせる物語だった。

 表題作である第十七話の「藍の満干」。“あいの一族”の女性による、不思議なモノローグである。読み手は藍色に込められた思いを、深く知ることになる。藍のにおいのするあいの一族の女たち。その女たちの体に藍は乗り移って、満ちたり干いたりする。一度取りついたら消えない藍のにおい。藍にはさまざまな色が含まれていて、染めるにつれて布を濃い色にしてゆく。けれど、藍の液に浸した布を引き上げるときの刹那、緑色が現れるのだという。女性は語る、“藍が布に乗り移るとき、これまで自然の中で吸ったすべての色を吐き出しつつ、生き直しているように思えてならないのです”と。藍の中にある色。それは、わたしたちの色。わたしたちそれぞれの生き様をも含む色なのかもしれない。

4861940052藍の満干 色のあるファンタジー
稲葉 真弓
ピラールプレス 2008-12

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コメント

稲葉さんの世界が好きで、「藍の満ち干―色のあるファンタジー」を手にしました。
わたしは、「第3章 おばあさんの桜餅」が好きでした。懐かしく、いとおしい日々がよみがえってくるようで、すばらしい作品だと思います

投稿: momo | 2011.01.28 17:33

momoさん、コメントありがとうございます!
稲葉さんの小説世界、わたしもとても好きです。
どれもすてきなものばかりですよね。
懐かしい記憶やいとおしい記憶をいつまでも抱きしめたくなる気持ち、いつまでも大切にしたいと思います。

投稿: ましろ(momoさんへ) | 2011.01.29 07:51

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