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2009.02.10

火の旅

20090218_037 いつでも目の前にあるのに遠いものがある。追いかけても追いかけても永遠に追いつかない。近づこうとすればさらに遠のき、目の前にあるものも過去も未来もすべてが一緒くたになって、わたしを遠いところまで運んでくれる。気がつけば、見知らぬ土地に足を踏み入れて、身動きできなくなっている。それでも何かに突き動かされるように、進むしかない。前へ。前へと。拒むことを知らぬままに、ただ進むのだ。日和聡子著『火の旅』(新潮社)は、ひとつの小説をめぐる旅の物語である。四十年以上も前に描かれた小説世界を追うように旅しながら、物語の登場人物に寄り添い、主人公の女性はなかなか思うような関係に発展しない恋人への思いを募らせ、いつしか自分を見つめてゆくのである。

 十年前、主人公・光子が学生時代に読んだ梅崎春生という作家の遺作「幻化」。恋人の殿村から鹿児島で梅崎春生展があることを知らされた光子は、何を確かめるのか自分でもわからないまま、小説と、その登場人物が通った後を追いかけようと思い立つ。光子は学生時代に「幻化」の舞台となった地をノートにまとめるほど、その小説に魅了されていたのであった。彼らの見た景色を、その道すじのあとを辿って、その中にただ自分をくぐらせてみたいと思う。自分が強く心突き動かされ憧れ続けてきた作品の世界を辿ることで、彼らが生き、実際に何を感じ、何をどう思うのか、ただそれを知りたいと。鹿児島、熊本、阿蘇…といった火の国を旅する光子がそこで思うこととは何であるのか…。

 この物語には、光子が訪れる先々で「幻化」の場面が挿入されている。その登場人物である、梅崎の分身とおぼしき主人公の久住五郎が、精神療養をしていた病院を抜け出して羽田からふらりと飛行機で鹿児島に行き、知覧、枕崎を経て坊津を訪ねる。そして、飛行機のなかで丹尾という男と出会う。丹尾は、妻子を交通事故で亡くし、自殺願望にとりつかれており、五郎の中にも同じ思いを読み取っており、二人は分身のように寄り添い、いったん別れたあと、最後に阿蘇山で再会する…というのが「幻化」の内容である。光子が無意識のうちに辿っているのは、梅崎とおぼしき五郎の姿でありながら、遠く離れている殿村であり、「幻化」の世界に熱中していた過去の自分でもある。

 五郎と丹尾は、阿蘇の火口に赴くのだが、光子の訪れた四十年以上経った今とはその周辺も様変わりしている。丹尾は五郎に賭けを持ちかける。火口を一周してきて、途中で火口に飛び込むかどうかを。火口の淵をふらふら歩く丹尾を、はらはらして五郎は望遠鏡で見ている。光子も一体となってそれを見つめている。そんな火口での場面は緊張感を伴いながらも、光子と「幻化」との世界を一気に縮める。また、物語の中には、“他の人と何か関係があると思い込む。そこから誤解が始まるんだ”という箇所がある。光子は殿村との関係を思って、近くへ寄れば寄るほどに遠い存在になることをはたと思い知るのだ。刹那の接合。その虚しさをも。けれど、この旅で光子の何かが変わったことは確かだ。

4103037717火の旅
日和 聡子
新潮社 2007-02-24

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