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2009.02.05

ハッピーデイズ

20090218_43018jpg_effected 自分の居場所とは果たしてどこであるのか。この広大な世界での人間の位置づけとは一体何であるのか。人間は何を自負することができるのか…ちっぽけなわたしたちは、ふと立ち止まって考えに耽りたくなる。些細な、けれど一個人にとっては大きなしがらみによって、自由の利かないこの身体と心の本当の住処があるとすれば、そこはどこなのか。答えの見つからない問いを抱えながら、それでも日々を消化する。一瞬たりとも立ち止まることを許されずに。ローラン・グラフ著、工藤妙子訳『ハッピーデイズ』(角川書店)は、生に飽きながらも生を見つめる男の物語である。立ち止まることを許されないわたしたちにはできない男の行動は理解しがたくも、何かを考えるきっかけをくれるような気がする。

 物語の主人公アントワーヌは、18歳にして自分の墓を買う。“子供の人生は大人の人生の縮図であり、もう人生すべての要素は体験した”と。その後、35歳になった彼に予想外の遺産が舞い込み、12年の結婚生活にピリオドをうち、老人養護施設「ハッピーデイズ」に入居するに至る。職員ではなく、立派な入居者として。生に飽きていたはずのアントワーヌだったが、施設で末期ガン患者のミレイユと出会い、その生へのしがみつきを目の当たりにし、何かが揺らぎ出す。そこで彼が見い出したものとは…。淡々と綴られる物語の中には、ある種の宗教的な思考が感じられ、著者の仏教への関心が伺える。そして、乾きの中にある、哀愁にときどきぐらぐらと揺らぐのは、わたしもまた主人公アントワーヌと同じく悩める者だからに違いない。

 この物語の中には、冒頭に挙げたような問いに対する答えらしい答えは、どこにも描かれてはいない。まるで、自らの力で答えを探すしかないのだと言わんばかりに。そして、死してもなお、その答えは見つからないとでも言わんばかりに。わたしたちの一生が、生を見つめる居場所探しなのだと言わんばかりに。答えが簡単に見つかってしまったら、それこそ生きる意味などないのだと言わんばかりに。生に飽きたはずの人間が、また生きることを見い出すその瞬間の煌めきは、何ものにも代えられない。その光を、その本能を、その衝動を、わたしたちは大切にするべきなのだろう。生きている間、ずっと。死してもなお、ずっと。そうして、生きている今という時間を、ときどきふと立ち止まって考えることの必要性を痛感させられるのだった。

4047916005ハッピーデイズ
Laurent Graff 工藤 妙子
角川書店 2008-02

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