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2009.02.19

冬の夜ひとりの旅人が

20090218_058 目の前にある本に対して、読者は無力な存在だ。その本が好きな作家の新作だったならば、なおさらのこと。読みたくてうずうずしながら、はやる気持ちを抑えつつ震える手でページをめくる。いや、めくらずにはいられない。先へ進むことを惜しみながら物語に身も心もゆだねて、活字の渦にたゆたうのである。けれど、イタロ・カルヴィーノ著、脇功訳『冬の夜ひとりの旅人が』(ちくま文庫)という物語は、読み進めようと先へ急ぐ読者をしばし困惑させる。“あなたはイタロ・カルヴィーノの新しい小説『冬の夜ひとりの旅人が』を読み始めようとしている”という書き出しにはじまるからだ。そう、この物語の主人公はカルヴィーノの読者の一人。あなたのようであなたじゃない誰かである。そして、いざ読み出す肝心の物語は途中で繰り返し中断され、次々と別世界へと誘ってくれるのだ。

 あなたである<男性読者>が読み始めたカルヴィーノの新作。だが、それは乱丁本であった。先を読みたい<男性読者>は書店に向かい、製本上のミスで別の作家の物語と混ざってしまったのだと知らされる。そこで、同じように苦情を言ってきた<女性読者>ルドミッラと知り合う。交換してもらった本をいざ読もうとすると、それはまったくの異なる別の物語であることがわかる。物語の続きを求めて、あなたは世界中をめぐってゆく。ここでのルドミッラは、著者の理想とする読者象として描かれる。“物語ろうとする欲求のみが、ストーリーにストーリーを積み重ねようとする欲求のみが原動力となるような作品”や”謎や苦悩がちょうどチェスをしている人の頭のように精密で冷徹で影のない思考力によって濾過されているような本”を求めている読者である。

 あなたが読むことになる物語(10もの作中作)は、いずれも異なる作風のものであり、どれもがそれぞれに味わい深い面白さがある。中には、日本文学と思しき耽美な作中作も含まれており、日本人としては思わずくすっと笑ってしまう。続きが読みたい…と思わせておいて、ふっと途切れてしまうあたりが心憎い。また、この理想的読者であるルドミッラに振り回される<男性読者>の行動も、なかなか面白い。目の前に本があれば、読まずにはいられないタイプの、活字中毒者。出会う人出会う人に振り回されながらも、それでも読むことを止めないのだから、よっぽどの本好きなのだろう。しかも、一度読み始めた物語はそれがどんなジャンルであれ、最後まで読まずにはいられない性格なのである。読み手は、そんな<男性読者>と一緒に物語を探す旅をすることになる。

 この物語は“あなた”という二人称を使うことで、主人公である<男性読者>と読み手であるわたしたちを近く寄り添わせる。ちりぢりになった物語は、永遠に終わることを知らない。何しろ、続きが見つからないのだから。物語には決まって始まりがあり、おしまいがある。けれど、それを超越してある意味において原則を覆すような物語が存在するとしたらどうだろう。無限の可能性と謎めきを秘めたまま探し続けなければ読めない物語があるとすれば、どうだろう。このカルヴィーノの物語はそれを体感できる気がする。書くこと、読むことに対する真摯な姿勢が伺え、繊細に、かつ大胆に描かれた物語は、最後の章で語られる様々な読者の本に対する考えからもいろいろなことを考えさせられる。改めて読書好きな人間にとっての本とは、なんと凄い力を持っているのだろう…と思わせる。そうして、やはり目の前にある本に対して、読者は無力な存在であると思うのだ。

4480030875冬の夜ひとりの旅人が (ちくま文庫)
Italo Calvino 脇 功
筑摩書房 1995-10

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≪イタロ・カルヴィーノの本に関する過去記事≫
 ・『まっぷたつの子爵』(2007-11-07)


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コメント

なるほど!
面白い切り口の本なんですね~

自分にとっての本、なんだろう???

投稿: かわちん | 2009.02.21 18:42

かわちんさん、コメントありがとうございます!
そうなのですー。なかなか面白い本ですよ。
ただ、カルヴィーノ作品一冊目にはオススメしません。
かなり型破りな本なので。でも、わたしは好きですけれど。
記事にまとめてからも迷走中です。

投稿: ましろ(かわちんさんへ) | 2009.02.21 20:06

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