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2008.12.27

あなたの獣

20081206_004 つかまえられそうでつかまえられない、このもどかしさをどう伝えよう。とらえどころのない一人の男の物語は、どこにでもいそうで、なおかつどこにもいなさそうで、人と人との圧倒的なわかりあえなさを痛感させる。それはわたしが女だからかもしれないし、この世界に同じ人間が二人といないせいなのかもしれない。櫻田哲生という一人の男をめぐる物語である、井上荒野著『あなたの獣』(角川書店)は、人の一生の長さを思えば十のそれぞれの切り口は潔いまでにあっけなく、どうかするとするりと淡く消え入りそうになる。それは、わたしたちの人生の儚さを象徴するかのようでもあり、わたしたちの存在そのものの危うさを痛いほどに鮮明に感じさせるものでもある。

 櫻田哲生という男の生涯って、一体何だったのだろう…読み終えてわたしはそんなことばかり思い返していた。彼は典型的とも言えるダメ男であったから。結婚した理由も実に曖昧で、自分の子供が生まれたというのに、ベランダでぼーっとしてビールなんか飲んでいる。仕事場でも店長というポストにいるのに、若い店員に軽んじられている有り様。捨てられて、またどこかで誰かと出会い、繋がってゆく。そうしてときには、一人の女にひどく執着してみたりもする。それでもなぜかモテてしまう。女はきっと、放っておけないに違いない。なぜか櫻田哲生という人生に足を踏み入れたくなってしまうのだ。ダメ男ほど愛おしくて、愛すべき存在はいないとでもいうように。恐るべし、櫻田哲生。

 だが、やはり女であるわたしは最後の最後まで櫻田哲生の物語に寄り添い共感しつつも、彼の本当の姿が見えてこなかった。男という生き物の謎を、女が一生かけてもわからないのと同じように。つかまえられそうでつかまらない。何とも言えぬもどかしさを胸に、このどこにでもいそうで、なおかつどこにもいなさそうな男の人生の断片を読み進めるしかなかった。そうして、ふと自分の人生を思うとき、わたしの一生というものも誰かにとってはきっとこんなものなのではないだろうかとさえ感じていた。ああそうだ。たぶん、わたしもとらえどころのない日々を生きているのだと。今この一瞬さえ、きっとわたし以外の誰にも、いや、わたしさえもとらえどころのない最中にあるのだと。

4048739018あなたの獣
井上 荒野
角川グループパブリッシング 2008-11-29

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たゆたうように女の間をぬって生きた櫻田哲生の生涯を描く、連作短編集。 装丁は帆足英里子。プロデューサーは栗本知樹。初出野性時代。直木... [続きを読む]

受信: 2009.01.21 04:50

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