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2008.12.02

わたしの美しい娘―ラプンツェル

20081030_029 狂おしいまでの愛情は人を盲目にする。おまえはわたしだけのもの。わたしたちはずっと一緒。このまま永遠にふたりきり。女は、ただただ娘が欲しかった。だから魂と引き換えに娘を得て、全身全霊で愛した。けれど、一方的ないびつな愛情はただの束縛に過ぎないことを気づかなくてはならならなかったのだ。娘が本物の情熱を知ってしまったら、いつか露呈する真実からは逃れられない。ドナ・ジョー・ナポリ著、金原瑞人・桑原洋子訳『わたしの美しい娘 ラプンツェル』(ポプラ社)は、グリム童話を下敷きに描かれる、孤独な女(魔女)の心情がひりつくまでに印象的に綴られている物語だ。娘であるツェル(ラプンツェル)、魔女である母、ツェルに惹かれるコンラッドの三つの視点で展開し、切なく胸を締めつけてゆく。

 物語は、スイスの十六世紀半ば。人里離れたアルムで母とツェルが慎ましやかに自然と共に暮らしている様子からはじまる。植物を自由自在にあやつる母の力に、なんの疑いも持たない無邪気な山の少女ツェル。いつか自分は動物と話をする力を持つのだと思っている。母は、もうすぐ十三歳を迎えようとしているツェルのために、新しいドレスを作ってやろうとひそかに思っている。町へ出て、母がツェルのための誕生日プレゼントをあれこれ買っている間に、ツェルは鍛冶場で一人の少年と出会う。少年の馬を上手になだめるツェル。そのお礼をしたいという少年。ツェルは孵らない卵をあたため続けるカモのために、受精卵をもらう。そして、ふたりはやがて互いのことを忘れられなくなるのだった。これが物語の導入部である。

 贈り物、拒絶、孤独、執念、キス、愛、ちりぢりに、再会の章からなる、この物語。穏やかなはじまりは、ツェルとコンラッドの出会いによって、一気に不穏な空気に変化してしまう。少年との出会いを嗅ぎ取った母は娘の心を自分から離すまいと、高い塔に閉じこめる。娘なしでは生きられない母の思いは、ここからどんどん加速してゆくのだ。この、痛いほどの執着がいかにしてつくられたのかを知るのは、物語の終盤になってからだが、その心に根ざす深い悲しみや孤独を思うとき、わたしたちは思わず神の存在を疑う。ありふれた普通の女でいることを神から許されなかった者は、やはり悪魔に魂を売るしか選択肢はないのか。そして、自ら死を選ぶしかないのか。童話の世界はあまりにも残酷であると知らされるのだ。

 三者の立場から語られる物語であるのに、思わずツェルの母の立場に寄り添ってしまうのは、その語りのあまりの狂おしい愛情からだろうか。おしまいに至るまで緊張感を伴う物語は、どんな思いでツェルを育ててきたのかを語っている。人を容易く愛し、その愛を誰でも返したくなるような子どもに育てたと。そして、ツェルは母にとって、命と希望であったと。ツェルはわたしだけのもの。わたしたちはずっと一緒。このまま永遠にふたりきり。その願いは虚しくもあっけなく崩れゆく。自然のなりゆきか。神の御業か。それとも奥に潜む矛盾からか。娘は少女からやがて大人になり、母から離れゆく運命にある。それでも手にしたかった永遠の愛情。魔女になるしかなかった女の悲痛な叫びが、いつまでもひりつくように胸に響く。

459110494Xわたしの美しい娘―ラプンツェル
Donna Jo Napoli 金原 瑞人 桑原 洋子
ポプラ社 2008-09

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 ≪ドナ・ジョー・ナポリの本に関する過去記事≫
 ・『逃れの森の魔女』(2008-10-30)


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コメント

>一方的ないびつな愛情はただの束縛に過ぎないことを気づかなくてはならならなかったのだ。

ここまでの愛にかられたことはないけれども、グサリと胸に刺さりました。
(欲する)愛の形、経験とともに変わっていく。
呼応する形が良いように思ってます♪

シンクロ☆

許容?

投稿: かわちん | 2008.12.04 21:52

かわちんさん、コメントありがとうございます!
わたしもここまでの愛にかられたことはないけれど、
誰かの愛情をを自分だけのものにしておきたくなることがときどきあります。
結構執念深かったな・・・昔は(苦笑)
呼応するかたちって、いいですね。
シンクロもいい!
人を許し、許されて…そういう関係もいいですね。

投稿: ましろ(かわちんさんへ) | 2008.12.04 22:21

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