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2008.11.05

野球の国のアリス

20081030_036 ほんのり心地よく効いた皮肉と毒気、ユーモア溢れる言葉遊びに思わずにやり。そして、うふふとなってしまう。ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」のモチーフを随所に散りばめながら、読者をファンタジーの世界へ誘ってくれる、北村薫著『野球の国のアリス』(講談社)は、“かつて子どもだったあなたと少年少女のためのミステリーランドシリーズ”のうちの一冊。このシリーズにしては珍しく、青春ど真ん中の清々しい仕上がりになっていて、北村作品ならではのあたたかみのある語り口も健在である。ミステリー的要素はあまりないものの、いわゆる“はてな?”の心そのものが謎めきの要素となっているようだ。見せかけだけのミステリーへの挑戦状とも受け取れる。

 野球好きな少女アリスは小学校時代、少年野球チームのエースだった。けれど、アリスの入る中学には男子のクラブチームしかないため、小学校卒業を機に野球を諦めなければならない。そんな時、知り合いの新聞記者の宇左木(ウサギ)さんの後を追いかけていったら、どこもかしこも左右が反転している鏡の国にたどり着いてしまう。そこでは、季節は既に夏。負け進む大会である“全国中学野球大会最終戦”なるものが行われようとしていた。テレビ中継などで派手に取り沙汰されるものの、悲壮感やエラーやミスを笑いものにする取り上げ方に、“こっちの野球は、間違っている”とアリスは憤りを感じる。大好きな野球のために何とかしたい。つまりは、自分の出番なんじゃないかと思うわけだ。

 物語は、アリスの熱き野球への思いが切々と綴られてゆく。ときどき皮肉まじりに。ときどき言葉遊びを含みつつ。鏡の国では、アリスがひそかに好意を寄せている読書家の安西君が野球部のキャプテンを務めていて、ライバルである野球の天才・五堂君がサッカー部のエース、アリスとバッテリーを組んでいた兵頭君は柔道部に入っているらしい。向こうの世界にはあった出来事がないものになっていることに寂しさを感じつつも、自分の使命を果たそうとするアリス。新聞記者の宇左木さんの企みとアリスたちの思いがいっしょくたに集結し、鏡の国の歴史を変える日は果たして来るのか否か…。人の大きな意志みたいなものは人を動かし、世の中を変えるはず。あるべき姿へ。あるべき道筋へと。

 何はともあれ、野球をほとんど知らないわたしにも、試合の緊張と興奮とを感じさせてくれる後半部分は圧巻である。注目の試合は、再会の喜びと深まる友情とせつない別れなどが入り混じって、何ともじーんとなる展開なのだ。とりわけ、バッテリーを組んでいる兵頭君の“パワー、充電”や、試合相手の強豪校のキャプテンの無神経な言葉に対する五堂君の切り返しが印象的。こんな格好いい中学生が実際いるかどうかはさておき、思わずアリスに嫉妬心すら覚えたほどだ。だって、こんなにも素敵な仲間に囲まれているのだもの。最高の夏、いいや、最高の春休みを過ごしたね、アリス。やわらかな語り口の物語のおしまいまでたどり着くと、そんなふうに自然と言葉がこぼれていた。

4062705842野球の国のアリス (MYSTERY LAND)
北村 薫
講談社 2008-08-07

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コメント

とても興味ある一冊です。野球とアリスをどのように掛け合せているのか、とても気になっていました。なるほどー。
女の子と野球という組み合わせも中々無いものですよね。このアリスがどのような歩みを見せるのか、また気になってきました。

投稿: Pepe | 2008.11.05 21:02

Pepeさん、コメントありがとうございます!
わたしも読み始めるまでアリスと野球がどう絡み合うのか、
ルイス・キャロルのアリスが好きなだけに、とても気になっていました。
でも、読んで納得。大満足。北村薫氏はさすがでした。
一人の女の子の成長記録としても楽しめる内容ですよ。

投稿: ましろ(Pepeさんへ) | 2008.11.05 21:41

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