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2008.11.07

あの犬が好き

20080824_005 ぱっと目をひく黄色い本に込み上げるのは、何とも言えぬ愛おしさ。言葉がこの世界にあることに、自分の感情を表現する自由のあることに。こうして言葉と向き合えることの至福の時間に、思わず感謝したくなるのだ。帯にあるとおり“詩と少年と犬の本”である、シャロン・クリーチ=作、金原瑞人=訳『あの犬が好き』(偕成社)は、詩って何?詩って誰のもの?そんな素朴な疑問から出発して、読み手を詩の世界へと導いてくれる。はじめは、“いやだ。だって、女の子のもんだよ、詩なんてさ。男は書かない”と言っていた少年ジャックだが、それでも日記風に日々言葉を綴ってゆく。そうして、自分の抱えていた気持ちを解き放つことで、悲しみを乗り越え、いつしか明日を見据えていくのである。

 ジャックの書く日記風の詩の数々と、その先生であるストレッチベリ先生の読んでくれた詩八篇からなるこの作品は、少しずつ懸命に詩と向き合おうとする少年の心をやわらかに描いている。9月に詩を書くことを嫌がって“ぜったいわかんない”なんて言っていたのに、やがて1月になると“たぶん、ことばで絵を描いたんだ”と詩について理解する。また、先生は熱心に生徒の詩をパソコンで打ち、掲示板に貼るのだが、ジャックは匿名ならばと承諾し、自分の書いたものがどうやら詩らしいと自覚。3月には、自分の名前を出すことを了承する。先生の紹介した詩の中で、とりわけ気に入ったウォルター・ディーン・マイヤーズの詩との出会いは、ジャックの心を強く揺さぶり、手紙を書くまでに至る。

 そうしていつのまにか、頭の中に言葉がわき出てくるまでになるジャック。心が、身体が、彼のすべてが詩を欲してゆく。マイヤーズの詩「あの男の子が好き」はこんな詩である。“あの男の子が好きだ。/ウサギが大地を駆けるのが好きなように。/あの男の子が好きなんだ。/ウサギが大地を駆けるのが好きなように。/こう、呼びかけるのが好きだ。朝、男の子に/こう、呼びかけるのが好きなんだ。/「おおい、おはよう!」”率直で清々しい詩だと思う。自分が好きなものに対する迷いは、どこにも感じられない。ただ一心にあの男の子が好きだと伝える詩である。ジャックは、この詩に感動し、マイヤーズの言葉を借りて、詩を紡ぐ。それが、タイトルにもなっている“あの犬が好き”へと繋がる。

 “あの犬が好き”の背景には、飼っている犬との大切な絆と唐突に訪れる別れがある。それは、ジャックにとってとてつもなく深い悲しみに違いない。けれど、言葉で感情を表現することを学んだ彼の心はどこか冷静さを保っている。もちろん、悲しみを感じている。だが、自分の紡いだ言葉が誰かを悲しませないかどうかを案じる気持ちの方が強いようだ。ああ、彼は成長したのだ。彼の心は解き放たれたのだ。そう確信できる逞しさが、彼の言葉の中にあるように思うのだ。だからたまらなく愛おしい。言葉がこの世界にあることが。自分の感情を表現する自由のあることが。こうして言葉と向き合えることの至福の時間に、思わず感謝したくなるのだ。そして、言葉の限りに叫びたくもなるのだった。

4037267500あの犬が好き
金原 瑞人
偕成社 2008-10

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