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2008.11.21

偏路

20081203_012 人間のどろっとした生々しい部分を、多くの人はひた隠しにしている。家族であれ、親戚であれ、友人であれ、どんな人間関係であれ、本音をぶちまけてしまったらたちまちその均衡は崩れ落ちる。今まで積み重ねてきたすべてのものが。今まで堪えてきたすべてのものが。けれど、そうやって均衡を保とうとするだけが、人間関係じゃないことをわたしたちの誰もが知っている。ときには毒を吐き出し、たまりにたまったガス抜きをするのだ。本谷有希子著『偏路』(新潮社)には、そんなどろどろを通りこしたグロテスクな人間模様が、これでもかこれでもかと描かれてゆく。人間の心に秘めたそんな醜い感情を、笑い飛ばすかのごとく、さらりと。それでいてアットホームに。

 物語は東京で女優を目指していた若月が都落ちしようと、九年ぶりに田舎にある親戚宅に父親と一緒にやってくるところからはじまる。夢を諦めようとする娘・若月とそれに対して暴走を繰り広げる父・宗生。親戚を巻き込んでの父と娘の大喧嘩は、どこかコミカルでありシニカルである。とにもかくにも暴れ回る宗生。言っていることも無茶苦茶だが、行動も無茶苦茶である。そして、この父あってこの娘ありと言わんばかりに、自意識過剰で傲慢な若月。二人の理屈はどこか妙ちくりんでありながら、読んでいてわからないでもないところがあるのがなんとも心憎い。そこへ、親戚である和江やノリユキ、知未、依子らが絡み合い、ドタバタ劇へと展開してゆくのである。それはまさに圧巻。

 この物語の全体に漂う雰囲気は、地方家庭にある嘘くさいまでのなまあたたかさである。そして、それに対してひどく嫌悪感を抱いている若月の、無意識のうちにあるどこかさめた視線だろう。若月が親戚に対して田舎に安住することを“薄っぺらい”とか“浅い”とか口にするとき、その浅はかさの根源にあるのは、現実と対峙する意識にある憎悪や妬みだろうか。若月にとって田舎というものは、負のエネルギーを持ち合わせているものでしかない。善意ある心遣いも何もかも、すべては気持ちの悪いもの、グロテスクなものとして認知されているのである。けれど、田舎に暮らす人々の誰もが東京に憧れを抱いているはずもなく、いとこにはあっさりと否定されてしまう若月なのだった。

 そして、忘れてはならない。この物語のタイトルが、お遍路さんの“遍路”ではなく、にんべんの“偏路”であることを。思えば、過剰なまでに偏った人たちの、偏った思考の、偏った道筋を描いた物語なのである。だが、登場人物たちの迷走ぶりを、ただただ面白可笑しく描いているわけではない。だからわたしたち読み手は、手放しには笑えない。自分自身を思わず省みてしまう。何しろわたしたちも皆、どこか歪なかたちをした人間の一人であるから。そうして登場人物たちや物語の展開の歪さが映し出すのは、血縁関係の不思議であり、人間の本質でもあるような気がしてくる。危うい均衡で繋がっているわたしたちの人間関係は、どうかすると偏っては脆くも崩れ落ちてしまうのだから。

4103017732偏路
本谷 有希子
新潮社 2008-09

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52 本谷有希子の本」カテゴリの記事

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コメント

こんばんは
はじめまして。。。

mixiから来ました。

この本、読んだことありませんが、キーワードになる「人間関係のグロテスクさ」はやっぱり社会に放り出されてからよく感じるようになりました。

会社の中では人間は有る意味悪意のカタマリとして生活してると個人的には思ってます。
だからといって別に働くことがイヤというわけでもなく、ヒキコモリになったわけでもありませんが。。。

面白そうな本だったのでついつい調子に乗って
自分のことばかり書いてしまいました。。すみません。

また覗きに来ます~。

投稿: gunnnai | 2008.11.22 00:57

gunnnaiさん、はじめまして。
コメントありがとうございます!

会社という組織に属したことのないわたしですが、
人間のグロテスクさは、ときどき身に染みるように感じています。
gunnnaiさんのように会社という組織に属し、
外の世界にもまれていると、人の悪意は余計に強く認識されるのかもしれないですね。
悪意って、誰しも秘めているから怖いです。
自分の知らないところにも潜んでいるような気がして、
自分自身すら怖くなることも…。

またどうぞいらしてくださいね♪
お待ちしております!

投稿: ましろ(gunnnaiさんへ) | 2008.11.22 07:41

mixiから来ました。はじめまして!

>本音をぶちまけてしまったらたちまちその均衡は崩れ落ちる。

文頭の文章。ふと考えていることです。
何でも話せる人という存在は必要なのか。

なるほど…。タイトルに秘められた意味。。。
自分が知らないジャンル?ばかりなので、気になったものは読んでみようと思います。
更新、楽しみにしています。

投稿: かわちん | 2008.11.22 16:54

かわちんさん、はじめまして。
コメントありがとうございます!
同じように考えている人がいて、なんだかとても嬉しいです。
何でも話せる人の存在は本当に稀な気がして、
大切にしなくちゃなと思うこの頃。
その反面、果たして本当に何でも話しているのか疑問にも思うこの頃。

この本は戯曲でシナリオ形式になっているので、
わりとさらっと読めますよ。
本谷有希子ワールド炸裂しております。

ぜひまたいらしてくださいませー。
お待ちしております。

投稿: ましろ(かわちんさんへ) | 2008.11.22 17:13

求めていた本に出会った気がする。
人間のグロテスクな感情が誰しもあるのに、気付かずに傷つけたり、傷ついたりする。
図書館で探してみます♪

投稿: 美結 | 2008.11.26 15:39

美結さん、コメントありがとうございます!
まさにそのとおりだと思います。
人間は誰しもほんとの奥底は見えていないのかもしれないですね。
知らぬ間に誰かを傷つけてしまうこともたくさんある。
はっとさせられた一冊でした。

投稿: ましろ(美結さんへ) | 2008.11.26 17:53

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