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2008.11.25

軽いお姫さま

20081124_012 やわらかな思考回路と無邪気な子ども心は、いつまで持ち続けていられるだろうか。人はいつまで子どもでいていいのだろうか。いや、むしろ人はいつまででも子どもなのだろうか。いくつになっても、いつまでたっても。親にとって子がそうであるように。大人になりきれないわたしは、ふと壁にぶちあたる。ジョージ・マクドナルドほか著、富山太佳夫+富山芳子編『軽いお姫さま』(青土社)に収録されている五つの物語は、大人の女性、少女、少年、大人の男性と、それぞれ違う主人公設定で描かれているものの、共通するのはどこか現実離れしたおとぎ話であるということ。何しろこれは、妖精文庫シリーズのうちの一冊。すべてに妖精が出てくるわけではないが、するりとファンタジーの世界へと誘ってくれる。

 ジュリアナ・ホレイティア・ユーイングの人喰い鬼からの求婚を賢くかわす「人喰い鬼の求婚」や手におえない少女の話「アメリアと小人たち」、ジョージ・マクドナルドの重力を失ったお姫さまの話「軽いお姫さま」、エドワード・H・ナッチブル=ヒューゲッセンの少年が妖精に出会う話「チャーリーと妖精たち」、クリスティーナ・ロセッティの貧しい男の欲望に纏わる話「ニックの願いごと」を収録している。中でも「チャーリーと妖精たち」の中で語られる妖精を信じない少年の話が、なんとも象徴的。妖精も人間と同じように、その存在を確かなものとして認めて欲しがっているというのだ。妖精が本当にいるのかどうかなんて、この際どうでもいい。人間が自分の存在を否定されるのが嫌なのと、同じなのだろう。

 とりわけ面白く読んだのは、やはり表題作であるジョージ・マクドナルドの「軽いお姫さま」。ルイス・キャロルの知り合いでもあり、C.S.ルイスやトールキンにも影響を与えたヴィクトリア朝のファンタジー作家の物語だ。重力をなくした重さのない軽いお姫さまは、精神的な重さもないため、ふわふわ宙に浮かんだまま笑い続ける。お姫さまがそうなってしまったのは、王様が自分の姉である魔女を洗礼式に招待したかったため。そして、お姫さまが唯一重さを取り戻すことができるのが水の中で、お城のそばの湖で泳いでいたところを、一人の王子が通りかかりお姫さまに一目惚れ。けれど、やがて呪いによって湖と共に涸れ果てようとしてゆくお姫さま。そんな姿を見ていた王子は、自分の命を懸けて救おうとする。

 この物語の面白さは、あちこちにあるあべこべさ。一見、よくあるおとぎ話のパターンかと思いきや、いくつもの驚きが隠されている。悲しみに暮れるはずのときにも笑いが止まらないことにはじまり、王様と王妃の間で交わされる“言葉のうらおもて”についても面白い。洒落と聞き違い、言葉の二重の意味にも注目すると、ますますこの物語の虜になってゆく。また、月夜の晩にお姫さまが王子に抱かれて湖に落ちてゆく場面があるのだが、重力のないお姫さまにとって“落ちる”というのは、はじめての感覚。その感覚に対して、のぼってゆくような気がするお姫さま。この“落ちる”と“のぼる”という、相反する言葉によって、読み手は混乱しつつも夢中になってしまうのだ。きっとやわらかな思考で、おとぎ話を堪能できるはずだ。

4791757459軽いお姫さま (妖精文庫)
ジョージ マクドナルド
青土社 1999-08

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