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2008.10.27

蟋蟀

20081021_050 人間であることが哀しくて、可笑しくて。ひどく嬉しくて。ただただ生きるだけなのに、もどかしい。この何とも言い難い思いをどこに仕舞っておけばよいものか、しばしの間考え込む。今までだって、これからだって、そんな繰り返しの中にあるはずなのに、わたしは厭きもせずに苦悩する。同じ過ちを繰り返さんばかりに、悶々と日々の中にいるのだ。栗田有起著『蟋蟀(こおろぎ)』(筑摩書房)という短編小説集は、いずれもどこか奇妙で不可思議な魅力を持つ人間を描いている。主人公たちは皆、純粋であるがゆえに、時としてとらえどころのない日常を生きることを余儀なくされ、自分でもわけのわからないものに囚われたりする。その姿は可笑しくも、どこかわたしたちに似ているから、妙な現実感を伴ってせつなくなる。

 この短編集に収録されている物語は、「蟋蟀」「アリクイ」といったような実在の生き物の他に、空想上の「ユニコーン」というものも並んでいたり、「鮫島夫人」「蛇口」というようなだまし絵的に生き物の名前を織り込んだものも並んでいたりして、それぞれに味わい深く、その発想自体が面白い。また、読み手を一行目から離さない魅力的な文章もいい。とりわけ、「あほろーとる」での“先生、これから連続側転するから見ててください”というものや、「鮫島夫人」での“別れた夫とボートに乗った”というのが印象的だった。読んだすぐ傍から物語へ誘われ、著者独特の世界へぽーんと放り投げられる。けれど、その不可思議さこそが真実で、どうしようもないほどに読み手に近しいのだ。

 「さるのこしかけ」では、恋人に婚約者がいたことが発覚し、主人公の女性は自分が傷ついたことよりも見知らぬ女性を傷つけたことを気にして、自殺願望を抱くまでになってしまう。自殺方法を生真面目に考える姿にどこか可笑しさを感じながらも、人間の持つ憤りや悲しみに対して、逃げ腰な自分自身をつい省みてしまう展開だ。表題作「蟋蟀」では、恋人に妊娠を告げられた男の心情が綴られてゆく。不本意ながら後ろめたさがある男と、その祖母タマコとのやりとりに、じんわりとあたたかなものを感じることだろう。男の身勝手さが憎めなくて、こういうときの女性の強さみたいなものを、痛感させられる物語である。いつしか、主人公と自分とを引き寄せて考えているから不思議な心地になる。

 一番印象的だった「鮫島夫人」。大学時代に知り合って二十五歳で結婚し、三年後に離婚した二人だが、読むほどに実はいわゆる普通の夫婦ではなかったことがわかってゆく。男のすべてを理解した上で。思い合って、思い合うからこそ。世の中に夫婦というかたちは数あれども、そのかたちはさまざまであることを感じると同時に、その心情のありがたがあまりにも素敵すぎて、胸が熱くなる。できることならば、別れた相手とも複雑ながらにこんなふうに通じ合っていたい…そう切実に思えるほどに、この二人の在り方は魅力的なのだった。もちろん、これは物語。でも、思わず主人公と自分とを引き寄せたくなる愛おしさなのだ。そうして人間よ、これからも魅力的であれと願うばかりである。

4480804137蟋蟀
栗田 有起
筑摩書房 2008-09

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コメント

ましろちゃん、こんばんは♪
TBまたもや失敗しました(泣)

それにしても凄く導入部分の文章素敵ですね。

栗田さん『ハミザベス』に続いて二冊目だったんだけど、なかなか楽しい作品でした。
現実的であって現実じゃない部分がいつまでも読者の胸に残るでしょう。

「あほろーとる」の秘書の女の子最高です。

投稿: トラキチ | 2009.03.11 21:25

トラキチさん、コメントありがとうございます!
導入部分が素敵だなんて…そんなそんな…とても照れます。
栗田さんの作品は今のところ読破済みですが、
独特の世界観をお持ちの方ですよね。
わたしも楽しく読みました。

「あほろーとる」の秘書の女の子は印象的でした。
れ、連続側転???って感じで(笑)

TBこちらからも送ってみたのですが、
うまく送れないようです。
ブログ同士の相性の問題なのか、セキュリティの問題なのか…はて。
わたしはスパム対策はしていないんですけれどねぇ。
どうしてでしょう?クレストの方には送れたのですが。

投稿: ましろ(トラキチさんへ) | 2009.03.12 04:56

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