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2008.09.30

マタニティドラゴン

20080623_44010 がらんどうの心の中を埋めるべく、少しばかり淡くなった記憶たちに寄り添いながら、ただひたすらに祈っていた。確かなものなど、この世の中にはないことを。わたしという存在すらも曖昧であることを。積み重ねられた日々さえも、一瞬にして朽ち果ててしまうことを、どこかで漠然と感じながら。そうして、その脆く儚い足取りを支えるべくしがみつけるものとは一体何であるのかを、ずっと考え続けていた。川本晶子著『マタニティドラゴン』(筑摩書房)に収録されている「ことり心中」と表題作「マタニティドラゴン」は、扱っているテーマは違えども、どこか通ずる何かを思わせる物語である。例えば、運命を受け入れること。例えば、我が道を歩むこと。対照的でありながら、それらはどちらも日常を懸命に生きる人の姿に変わりないことだ。

 はじめに収録されている「ことり心中」は、仕事も手に付かないまま、寒空の中をただひたすらに歩き続ける主人公の物語だ。本格的な失恋をして、寝たり起きたり食べたりすることは難しくても、歩くことはできる、と。歩きながらよみがえる失恋相手である“クツシタ”との記憶はあまりにも甘く、ぬくもりに溢れている。贅沢なあたたかさを知ってしまった主人公の体は、今やすかすかである。けれど、彼のことを思うほどに、あまりにも彼を知らないことに気づいてくる。その不確かさに愕然となる。だが、この物語はただの失恋話に終わらない。彼女が自分の歩みを変えることができたとき、本当の物語がはじまる気がするのだ。タイトルから想像し得ないすかっとした結末が、何とも潔い。

 続いて表題作の「マタニティドラゴン」。小さなタウン誌の仕事に追われる女性が、主人公である。取材先で知り合った女彫師のアトリエをたびたび訪れては、他愛のない日常を過ごしている。ごくごく平凡な女性と、龍に魅せられて自分の体に彫物の練習をする無口な彫師。対照的なふたりが、つかず離れずの関係を保っているところに、ひどくわたしは惹かれた。それは、確かな友情とは違う何か。でも、どこかで繋がっている何かだからなのだろう。物語に特別大きな展開はないものの、穏やかに過ぎるかに思えた日常に異変が起こる。著者は、主人公の正直な内面をそのままするりと描き出し、違和感なく読者を引き込む。抑制の効いた文章の中に見え隠れする、生きることへの懸命さが心地よい。

4480804145マタニティドラゴン
川本 晶子
筑摩書房 2008-08

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 ≪川本晶子の本に関する過去記事≫
 ・『刺繍』(2007-07-01)


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コメント

「ことり心中」、男女の違いこそあれおかれている状況が似通っている感じがして読んでみたくなった。

彼女はどのようにして新しい道を見つけることが出来たのだろうか。

今の自分にあっている本かもしれない。

投稿: 猫目堂 | 2008.10.01 01:12

猫目堂さん、コメントありがとうございます!
「ことり心中」は、短編なので短い作品ですが、
主人公が新たな道を歩き出すまでが、
恋人(愛人)との回想と共に描かれているのですが、
読了感は最高に清々しいです。

新たな道を見つけるのは人それぞれですが、
スローペースな主人公なりの行動に、とても共感しました。
わりと短い作品なので、気軽に読めるかと思いますよ。

投稿: ましろ(猫目堂さんへ) | 2008.10.01 01:46

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