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2008.07.13

婚礼、葬礼、その他

20070514_010 たいていの人々が自分のことばかりにかまけている。そうして、誰かに重たい荷物を背負わせて、そ知らぬ顔であぐらをかいているのである。その誰かとは、あなたかもしれないし、わたしかもしれない。いつ何時、それを背負わされるのかわからないのにもかかわらず、今日ある日々に安住する。それが、いつまでも続くと思っているのだ。津村記久子著『婚礼、葬礼、その他』(文藝春秋)には、まさにそんなわたしたちの重荷を背負わされてしまったかのような、苦悩に苦悩する女性の物語が展開する。休暇のはずが結婚式に、そうかと思えばお葬式に…と大忙しなのである。また、他に収録されている「冷たい十字路」は、ある事故を軸とした物語を通じて、日々の忙しさにかまけて自分のことばかりに夢中になるわたしたちを一喝するかのような、じわじわとした余韻を残す物語である。

 表題作「婚礼、葬礼、その他」。人を呼ぶことはできなくても、呼ばれることはできることだけが取り柄の、主人公ヨシノ。彼女はせっかくの休暇に旅行に行くはずが、友人の結婚式(しかもスピーチ&二次会の幹事)に出席することになる。だがその最中、上司の父親が急死。葬式へと向かうことになってしまう。ここで彼女の脳裏には、旅行よりも結婚式が強くて、結婚式より強いのはお通夜…という図式が成り立つことになる。思えば、人は誰がどんな予定を立てていようがいまいがお構いなく、死ぬときは死ぬのだ。けれど、彼女は顔も知らない人の葬式に出席しながらも、疑問を抱かずにはいられない。本当に優先すべきことは何なのか。自分は一体ここで何をしているのか、と。

 ここでは必要とされていない。それでもいなくてはならない。その奇妙な立場の主人公の思いが、切々と紡がれてゆく。葬儀場での修羅場や裏事情、ぐだぐだだったらしい結婚式の様子、主人公のひやひやものの長過ぎる一日がぎゅっと濃縮されているのである。そうして、ときには亡き祖父母を思い出し、葬式の参列者を見てはいつか見た光景を思い出す。生きているということ。死んでしまうということ。その境界さえ曖昧になるほどに、涙を流したりもする。決して、哀しいのではないのに。その混乱。その葛藤。生きているわたしたちには、死ぬという感触はきっと死ぬまでわからない。だからこそ、愛おしいその混乱。その葛藤。この忙しなく生きる今、一瞬一瞬が大事なのだろう。

 もうひとつ収録されている「冷たい十字路」。忙しなく同じ道を同じ時間帯にすれ違う人々のことなど、わたしたちのほとんどが気にしないだろう。覚えていたとしても、それはほんの数時間か数日のこと。物語は、そんな中で起きたある自転車衝突事故を軸にして展開し、一見事故とは関わりのなかった人々が点と点で結ばれてゆく。だが、ここで露呈してゆくのは、わたしたちが日頃自分のことばかりを優先しているという、紛れもない事実である。たかがありふれた事故。されどそこに秘められたわたしたちの内情というものに、はっとさせられずにはいられない。だが、何を疑問に思ったところで、その歩みを止めることは難しい。それが厳しい現実で、わたしたちの置かれた今だ。

4163272607婚礼、葬礼、その他
津村 記久子
文藝春秋 2008-07

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コメント

とても耳が痛いです。僕もたいてい自分のこと
ばかりにかまけています・・・。
サービス業をやっているのですが、たまに
その笑顔が何所へ向かっているのか分らなくなります。

投稿: Pepe | 2008.07.14 14:48

Pepeさん、コメントありがとうございます。
それはわたしも同じこと。
きっと誰しもそうなのではないですか。
自分がしゃんとしていないと、他者のことも思いやれないと思いますし。

笑顔はむつかしいですよね。
わたしは苦手。つい苦笑いになってしまう。
サービス業、大変そうですが何とかのりきってくださいませ。

投稿: ましろ(Pepeさんへ) | 2008.07.15 07:38

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