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2008.07.27

ベーコン

20080724_001 “食べる”という行為は、食べている当人が思っている以上にいやらしく、エロティックなものだ。それはある種、人間の最たる欲求のひとつであるからで、ものの食べ方で、その人となりがわかってしまうことだってあるし、食欲と性欲を切り離して考えることはなかなか難しいからだろう。井上荒野著『ベーコン』(集英社)は、そんな“食”と“性愛”に纏わるテーマを中心に、九つの短編を描いている。わたしたちが生きる以上、切っても切り離せないテーマだ。描かれている日常は、ささやかな一コマに過ぎなくとも、そこにはいつだって食べ物の記憶が混ざっている。どれほど悲しくても、つらくても、しんどくても、欲求は疼く。そんな人間の滑稽さが、何だかとてもせつなくなる。

 取り上げられている食べ物は、ほうとう、ミートパイ、アイリッシュ・シチュー、カツサンド、煮こごり、ゆで卵のキーマカレー、水餃子、目玉焼き付きトースト、ベーコンなど。どれもこれも、食にこだわりのないわたしとしては、読みながらその味わいを想像するしかないのだが、その食べ物の背景にある物語を思うと、胸がときどき息苦しくさえなる。「ほうとう」の不倫している主人公のあまりのせつなさに、「アイリッシュ・シチュー」を煮込みながらも衝動的に浮気に走ってしまう主婦のふいに襲う虚しさに、「大人のカツサンド」の少女が大人の事情に振り回されつつも何とか自分を保っているところに、「父の水餃子」の少年の父親との最後の思い出が僅かしかない、ということなどに。

 表題作「ベーコン」では、天涯孤独となった主人公が結婚を控えて、かつて家を出て亡くなった母の恋人のもとへと訪ねていく。婚約者にいつかそのことを話すべきかどうか迷いつつも話せない葛藤と、自分ですらいまだ理解できない行動に戸惑う主人公の女性の姿に思わず心寄せてしまう。繰り返し思い出される鮮明なほどの光景。そこに確かにあった視線。その繊細な描写にうっとりしてしまう。もちろん、ベーコンに対する描写も、魅力的である。食べたい。そう切に願ってしまったほどである。そうしてふと考える。わたしは一体どんなふうにものを食べているのだろうかと。できる限りそれが上品であることを願いつつ、相も変わらずもの喰らう人でありたいと思う。生きている限り。

408774891Xベーコン
井上 荒野
集英社 2007-10

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