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2008.07.04

ポケットから出てきたミステリー

20080704_023 次々と代わる代わる語られてゆくささやかでありふれた話やある一人の人生のエピソードが、物語帯びてくる瞬間を垣間見た気がする。日常にはこんなにも語るべきことが溢れていて、わたしたちの思考をぐるぐるとさせるほどのおかしさに満ちているということを、今さらながら痛感したのだった。カレル・チャペック著、田才益夫訳『ポケットから出てきたミステリー』(晶文社)は、ミステリーと題されていながらも、ミステリー色のないものから、ミステリーに終わらない著者の深い洞察を感じさせるものまで多岐に渡る、ユーモアとウィットに富んだ痛快で味わい深いショート・ミステリー二十四篇を収録している。口語体を通りこした話し言葉だけで展開するせいか、全体的にやわらかな印象が残る一冊だ。

 例えば、こんな話がある。サボテン泥棒に仕掛けられた罠の話である「盗まれたサボテン」、赤ん坊を盗まれた若い母親に翻弄される警察署長の話である「赤ん坊誘拐事件」、抑圧された観念が招く悲劇を描いた「めまい」、何が書かれているのかわからない娘からの一通の電報に家族がそれぞれに心乱される「電報」、スパイ行為を繰り返した女の意地とプライドについての話である「伯爵夫人」などなど。どれもがある種わたしたちの日常に寄り添う事件ながら、人間のおかしさや愚かさ、悲哀のようなものを、あたたかな語り口で読ませてくれる展開だ。ほうほう、その話もいいですがね、そうそう、こんな話もあるんです……なんて、いつまでも尽きることを知らない静かな盛り上がりもまた楽しめる。

 けれど、最後に収録されている「人間の最後のもの」だけは、他の話に満ちている和やかな雰囲気がない。クララ氏の死刑宣告される夢の話に始まって、スクジヴァーネク氏のかつて自殺を思ったことの話に繋がってゆくのだ。背負った病に耐えかねて苦しみから逃れようとしたその姿は、同じように病に苦しんだ著者カレル・チャペック、その人に通じるものなのかも知れない。スクジヴァーネク氏の肉体の痛みに苦しみもがく語りは、鋭利なリアリティの中にあって、そのゆれにゆれる精神の蠢きをそのまま見事に描ききったように感じられる。本当の痛みを知る人は強い。同時にそれを知る人は、弱さをもよく知っている。自分の器というものも。自分の一生をかけて抱えるべき物事も。

4794965079ポケットから出てきたミステリー
Karel Capek 田才 益夫
晶文社 2001-11

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コメント

なんてかわいいミステリ本。長編ミステリやサスペンスものは考えて読むのが疲れてしまうので、とても苦手です。
でもこんなかわいい本なら読んでしまいそうですね。
写真もかわいいです。すごいなぁ

投稿: Pepe | 2008.07.04 19:40

Pepeさん、コメントありがとうございます。
結構さらりと読めてしまって、表紙もとても可愛らしいのですが、
話の芯にあるのは人間の深みというか、どろっとした部分のことも…。
なかなか濃い読書時間を過ごしたわたしです。
もっとカレル・チャペックの作品を読んでゆこうと思ってます。

投稿: ましろ(Pepeさんへ) | 2008.07.05 07:29

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