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2008.06.29

二つの月の記憶

20070524_44008 異世界の入り口で幾度も躊躇する。だが、抵抗虚しくずるずると引き込まれたわたしは、どっぷりと心地よくその世界に浸りきってしまった。現実とフィクションをこんなにも絶妙に絡ませる著者の手腕に、ただただひれ伏すように大事に一編一編を噛みしめる。独特の品を備えたユーモアとエロティックさが絶妙に混じり合った毒のある語り口は、病に倒れる直前まで書いていたという、岸田今日子著『二つの月の記憶』(講談社)でも、確かなものとして表現されている。老いてもなお残る少女の面影は、どうかするとはっと消えかけてしまいそうな美しさを放っている。「オートバイ」「二つの月の記憶」「K村やすらぎの里」「P夫人の冒険」「赤い帽子」「逆光の中の樹」「引き裂かれて」という、7つの掌編を収録。

 表題作「二つの月の記憶」。子供との遊びの時間、ふと子供の口からこぼれる“月が二つあった頃『わるもん』は『いいもん』だったんだよ”という言葉。その言葉に突き動かされるように、かつて少女だった頃の何とも言えぬ思い出がよみがえってくるのだ。それは些細な出来事で、あくまでも悪気はなかったこと。けれど、どこか忘れ得ぬ思いを含んだそれに、大人になったかつての少女は眩暈を覚えるのである。子供の放った言葉こそ、この短い物語を象徴するようで、いつまでもひりひりと胸の奥が疼くような心地になる。いまだ癒えぬ幼き日の痛み、かつて誰もが“いいもん”だった頃のこと。わたしたちはいつから道を誤ったか…。大人になるとは、何とも切ないことである。

 「K村やすらぎの里」では、老人ホームにいるUさんを訪ねた際、付き添いのN子さんから、本当のことを作り話として聞いて欲しいと言われ、ある宗教団体のテロを思わせる話を聞かされる。テロの裏に秘められた一人の女性としての長く激しい思い。そしてここでも、いつまでも少女でい続けた一人の思いがつぶさに描かれている。こんなにも一途に誰かを思い続ける生涯というものが、どれほど切実なものであるのか、わたしにはたぶん完全には理解できないことだろう。けれど、読者によって委ねられる物語の結末を前に、ただただ項垂れつつも、かつて確かに誰かを強く思ったことや、まだまだ大人になりきれないばかりか、少女であることに執着する自分を感じずにはいられなかった。

4062143992二つの月の記憶
岸田 今日子
講談社 2008-01-18

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≪岸田今日子の本に関する過去記事≫
 『大人にしてあげた小さなお話』(2008-06-18)
 『子供にしてあげたお話してあげなかったお話』(2008-06-20)

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