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2008.06.26

鼓笛隊の襲来

20080610_023 はっと闇に覆われて、得体の知れない何かがわたしの心を占めてゆく。まるで、目の前のことに心奪われ過ぎるのを警告するみたいに。そっと、けれど確実に覆ってゆく。そうして、自分自身を見失いかけたわたしは考えざるを得なくなる。同じ景色を見てもその琴線にふれるものが異なるように、ある人には見えて、わたしには見えないものがあるということを。日常、わたしたちはそれには気づかずに、目を覆われてはじめて、抗うように見えざるものを見ようともがきあがく。ほんのひとすじの光を求めて、あの色を。あの光景を。日々を重ねる事に忘れゆくのをくい止めようと。記憶が薄らぐのを防ごうと。何よりも、あるかもしれないもう一つの世界の存在に心寄せようとするために。

 三崎亜記著『鼓笛隊の襲来』(光文社)。九つの物語が収録されたこの一冊は、著者ならではの不可思議な世界に満ち満ちている。表題作の「鼓笛隊の襲来」では、台風のように戦後最大規模の鼓笛隊が本土を上陸し、猛威をふるう。人々はかつて経験したことのない恐怖に陥る。そんな中、物語は避難しなかったある一家の姿を追ってゆく。鼓笛隊という、どこか牧歌的なものが恐れられる設定が何ともユニークな物語だが、恐怖に対する様々な人間の姿を描き出していて興味深い。見たことがないもの、知らないものに対するわたしたち人間の恐れは、たぶん本能的なものだろう。そこでどう動けるか、どういう心持ちでいられるか、人間の真価が問われているような気がする。

 印象的だった「彼女の痕跡展」では、ある日身に覚えのない喪失感に包まれた主人公が、奇妙な展示に出会う。そこには、かつて自分が好み、身の回りにあったものたちが並べられていた…。目の前にして、はじめて疼き出す記憶。けれど、その記憶は果たしてどこまで真実味を帯びているのか、この物語によってわからなくなるのだ。同じ時に同じものを見て、同じことを語り合って、そうして共有した時間すらも、年月を経てしまえば姿形を変えてしまう。だからこそ、誰かと過ごした時間はかけがえのないものになるのだろうが、何だか生きるとは切に虚しい繰り返しであると思えてくる。不確かさと虚しさにぐらりと揺れたわたしは、目の前にあるものすら少しばかり疑わしい。

4334926010鼓笛隊の襲来
三崎亜記
光文社 2008-03-20

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 ≪三崎亜記の本に関する過去記事≫
  『となり町戦争』(2005-12-21)
  『バスジャック』(2006-03-13)

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コメント

鼓笛隊と聞いて
小学校の頃、弟が鼓笛隊に入っていて
「こてきたい」っていう音がなんだか
かわいいなーって思ったことを思い出しました。

投稿: Pepe | 2008.06.26 19:09

Pepeさん、コメントありがとうございます。
そうですね。響きがなんだかとても可愛らしい!
この物語を読むと、鼓笛隊の違った一面が垣間見られるかもしれません。
読みやすいので、とてもオススメでございます。

投稿: ましろ(Pepeさんへ) | 2008.06.27 04:42

お久しぶりの竹蔵です。

竹蔵も読んでいたのでトラバさせてもらいました。
三崎さんの本は欠かさず読んでいます。不思議な発想を違和感なく読ませてしまうところがすごい才能だと思います。

竹蔵

投稿: 竹蔵 | 2008.06.29 10:23

竹蔵さん、お久しぶりです。
コメント&TBありがとうございます。
本当にすごいですよね。
どれもこれもが三崎ワールドになってる!
こういう作家さんはなかなかいないだろうなぁと思います。
もっと読んでみなくちゃ、と思うのでした。

投稿: ましろ(竹蔵さんへ) | 2008.06.30 06:26

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鼓笛隊の襲来 (単行本) 三崎亜記 (著) 単行本: 205ページ 出版社: 光 [続きを読む]

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