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2008.06.10

カルトローレ

20080610_005 しばし甘やかな夢を見ていた。そのゆらめき。その謎めき。どうかすると消え入りそうに脆くて、ときどきふっとため息をついてしまう。さらさらとこぼれ落ちる沙のごとく、何もかもがあまりにも淡くて。だから好奇心を抑制する。はやる気持ちを制して、じっくりじっくり読んでゆく。此処其処に漂う独特の美意識にくらくらしつつ、慈しむように読んでゆく。そうして、胸の奥底に封じ込めた思いをほんのりと疼かせて、何とも甘やかな夢が続いてゆく。長野まゆみ著『カルトローレ』(新潮社)は、そんな思いを抱かせる物語だった。著者の作家生活20周年記念でもあるこの作品は、一度するりとその世界へ脚を踏み入れたが最後、どこまでも心地よい空間へと誘ってくれる。

 物語は、沙地にあるとある自治区を舞台に展開する。長年生活の場であった≪船≫を降りて適応化プログラムを受けたタフィは、そこで≪船≫の人間が残したとされる全頁糊づけされた109冊の航海日誌“カルトローレ”の調査を任される。≪船≫でのおぼろげな記憶に揺さぶられながら、移民局の役人コリドー、琥珀色の肌をしたワタと呼ばれる種族の少年らと出会い、日々を共に過ごしてゆく。物語の中で面白いのは、未だ謎に包まれたままの≪船≫で暮らしていた人々のことと、長年沙地に暮らしてきた人々のことが、入り組んでいるところ。また身体に刻まれている病を癒すための護符のようなもの、生まれ変わりの呪符のようなものなどなど、さまざまな紋様の在り方がとても興味深い。

 それから、物語に登場する西の谷の住人の暮らしと、≪船≫の人々の暮らしとの共通点に、思わず唸ってしまった。同じ顔ぶれが暮らす共同体の中では、争わずにすむように、個人を特定しないにかぎるというのだ。そこにはもはや男と女の区別すら曖昧で、アリアの紋様や衣服で偽ろうと思えば偽れるというのだ。その不確かさに愕然となる。男を男たらしめているものとは何か。女を女たらしめているものとは何か。一個人を特定するものとは何か。一部の特別な人以外は固有の名前すらないというから、ますます話はややこしくなる。そうして、わたしという存在の不確かさにはっとする。確かな保障はどこにもないのだ。この物語の謎めきは、幻想的でありながら痛いほどの真実をついている。

4103068116カルトローレ
長野 まゆみ
新潮社 2008-04

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39 長野まゆみの本」カテゴリの記事

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コメント

初めまして、僕もブログを運営していて今少し行き詰った状態なので今後の参考の為に記事を拝見させて頂きました。自分も教育には以前から興味があり、今こうしてサイトを拝見させて頂いて大変参考になりました。ランキングの応援致しますねwもし良かったら今度僕が運営するブログにもぜひ遊びに来て下さい、よろしくお願いします。

投稿: アメリカ留学 | 2008.06.10 16:59

不確か・・・・その存在は確か。
その存在は不可解で怖いもの?
奇抜で楽しいもの?

僕を僕、あなたをあなたたらしめるものは
僕にはわかりません。
だけど、僕に解ることが一つ、
ましろさんがこの物語を通じて触れた
「痛い真実」は「確か」である筈と・・

投稿: Pepe | 2008.06.10 22:58

アメリカ留学さん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
ブログ早速覗いて参りました!
留学を考えている方たちにとって、とても有益なブログを運営されているのですね。
とても素敵なことだと思います。
わたしも行き詰まることはよくあって、
実は最近はいつでもやめてやる勢いで、更新していることもあるほど。
そんな時(この記事もそう)の記事は、的を射ることができずに、
ぐたぐだになってしまっています。はずかしや。
でも、そんなところも一人間らしくていいじゃないか…と、
都合良く思ってみたりもするのです。
迷いが生じるのも、行き詰まるのも、惰性で動いてしまうのも。

投稿: ましろ(アメリカ留学さんへ) | 2008.06.11 07:32

Pepeさん、コメントありがとうございます。
本当に今回は申し訳ないほど、読み込むことができなくて、
締めくくりが何とも中途半端でございます。
コメントいただけて、感謝感謝です。
この物語では衣類や紋様が人を表すのですが、
それがどうもわたしには引っかかりポイントだったのですよ。
一個人を証明するその不確かさに、愕然となってしまって。
物語は紙に印刷されて確かな存在として目の前にあるけれど、
それでもこんな淡い物語にふれてしまうと、
その存在を訝しく思ってしまうわたしなのでした。

投稿: ましろ(Pepeさんへ) | 2008.06.11 07:38

はじめまして、こんにちわ。
ゆらゆらと揺蕩うように『カルトローレ』を堪能できました。
私はニュートラルな自由という感じで読んでいたのだけれど、『不確かさ』と置き換えると、足元が抜け落ちたような覚束無さのような不安も感じられます。確かじゃない事も、無意識的に確かな事として捉えて過ごしているからなんだろうな~なんて思いました。
ましろさんのレビューが『カルトローレ』の世界観のように素敵だったので、TBさせて頂きました。では。

投稿: romi | 2008.06.21 14:42

romiさん、はじめまして。
コメント&TBありがとうございます。
ニュートラルな自由!そういう読み方もできるのですね。
なるほどなぁと思いました。
幾通りにも読める小説は、とても魅力的ですよね。
わたしはこの作品、かなり苦戦しながら読んだので、
こんなふうにコメントいただけて、とても嬉しく思っております。
romiさんのブログも覗かせていただきますね。

投稿: ましろ(romiさんへ) | 2008.06.22 13:59

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