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2008.06.30

西日の町

20070409_014 記憶の片隅をぢんと刺激された心地になって、今は亡きあの人のことを考える。あの人を憎みながらも最期を看取り、それでもいつまでもいつまでも大粒の涙をこぼし続けた母の姿を思い出すのだ。そうして、この頃あの人の面影がありありと表れはじめたわたしに、ふっと今なお消えぬ憎悪の塊を吐き出したりする。それはちょうど、湯本香樹実著『西日の町』(文春文庫、文藝春秋)で描かれる、父親と娘の、憎しみと愛情の入り混じった関係と、それを見守る孫であり息子である僕の姿に、よく似ているような気がしてならない。もちろん、細かな部分は異なっているし、あの人は母にとって義父ながら、実の父親以上の愛情と憎しみをそそいでいたように、わたしには映ったのだったが。

 物語は、北九州の町に流れ着いて暮らす、若い母と十歳の息子のもとへ、母親の父親である「てこじい」が転がり込んでくるところから始まる。それ以来、てこじいは部屋の隅でうずくまったまま、夜になっても決して横になることもない。母親は、てこじいを邪険に扱ったかと思えば、食卓に好物を並べて、戸惑いを隠せない。かつて家族を置いたまま無頼の限りをつくしたてこじいの語る話に、しだいに惹かれてゆく僕。謎めいた祖父と、何やら秘密を抱えた母。複雑に絡み合い、よじれた思いが交錯するとき、物語は忘れ得ぬ時間をぱっと鮮やかに見せてくれる。また、著者の作品に共通して見られる子どもと老人の対比は、若い生と消え逝こうとする生の出会いの儚い煌めきを感じさせる。

 人の最期を看取る、ということ。看取られる、ということ。その両者の間にある独特の関係性を、わたしはよくわからない。死を見送るという儀式めいたことは経験してきたものの、それはあくまでも死を着飾ったものでしかなかったような気がするのだ。物語に始終漂う死臭のようなもの、そして後半部分に描かれるてこじいの病に冒されてゆくさま。それは、わたしがあの人から目を背けた分だけ、じりじりと迫り来るような気がしたのだった。そうして、改めて母の強さを思い知る。母の大きさを思い知る。この頃あの人によく似てきたわたしをも、やわらかに包み込もうとするその心の深さを思い知るのだ。あの人はもういない。今となっては当たり前になった事実が、何だか妙に悲しい。

4167679590西日の町 (文春文庫)
湯本 香樹実
文藝春秋 2005-10-07

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