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2008.05.31

つづきのねこ

20070514_015 失った哀しみは、そうっと癒えてゆく。ゆっくり、ゆっくりと。そうして、繰り返し嘆くわたしを許すみたいに、ささやかな訪れが何かを諭すのだ。吉田稔美著『つづきのねこ』(講談社)は、猫を亡くした哀しみに暮れる<わたし>のところへ、“つづき”と云って戻ってきたそっくりな猫の話である。同じ毛色に曲がったしっぽ、同じ軽さに同じ病気。前の猫に教えたことは、覚えているのか悪さもしない。だから、つづき。同じ名前で呼んでしまう。生まれ変わりということが、本当にあるのかどうかはわからない。けれど、いつでも思っていたい。もしかしたら、また出会えるかもしれないから。また深く結ばれるかもしれないから。猫好きにとってはたまらなく愛おしい一冊である。

 この作品の魅力は、何と云ってもその詩的な文章にある。詩のような物語、物語のような詩。何とも絶妙なバランスのリズムがあるのだ。そして、そのシンプルな言葉たちは、読み手にそっと語りかけてくるようでもある。少しずつ哀しみがやわらぐ様子をつぶさに描きながら、感傷的になりすぎない。失った哀しみと、出会えた喜び。その両極にある感情に中立な姿勢が伺えるのだ。まるで、猫とわたしたちとの、つかず離れずの関係にも通ずるみたいに。また、この作品において、猫がシルエットで描かれているのが、何とも心憎い。思わず自分の愛猫を重ねてしまい、涙する人は多いに違いない。だって、猫は必ずと云っていいほど、先に逝ってしまうから。

 さて、わたしの愛猫たちは、もうかなりの高齢で持病がある。一緒に過ごせる時間は、長くてもあと数年といったところだろう。そんなことを考えていると、今共に過ごせる時間が、とてつもなく愛おしいものに思えてくる。ベタベタした関係ではないけれど、それでも確かに深いところで繋がっていることは、疑いようもない愛猫とわたし。その関係がいつまでもいつまでも続くことを祈りながら、この作品を読んだのだった。そしてこの作品のように、“つづき”と云って現れるつぎの猫を見失わないように、しっかり目を見開いていたいと思ったのだった。だって今も、こんなにも寄り添っているわたしたちが、また出会えないはずはないのだもの、と。

4062121824つづきのねこ
吉田 稔美
講談社 2004-05

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