転身
息をするように。流れるように。何事にもいつかは慣れてゆく。だからゆうらりと身を委ねて、次々と訪れる転機に身も心もあずけてゆく。まるで擬態のごとくかたちを変え、その色に染まる。ああ、この人と生きてきたような気がする。そうして目の前にいる人を好きになる。好きにならずにはいられない。無意識のうちに変化を遂げてゆく一人の女性の物語、蜂飼耳著『転身』(集英社)。バイト先の友人に誘われるまま北の島へ来た琉々(るる)は、マリモを売る仕事を手伝うことになる。女であることに飽きた頃に身籠もり、やがて湖の畔で木彫りをする人たちの生活に馴染んでゆく。忙しなく身を変え、出会い別れ、また出会う様は、どこか神秘的で夢を見ているような心地にさえなる。
この物語の主人公・琉々。実に淡々と生きている。決して感情的にならず、何事も流れにまかせる。漂うように、ゆらりゆらりと生きているのだ。だからバイト先の友人(といってもよくは知らない)が突然いなくなっても、いなくなった事実だけを受け入れる。たくさんの思いが胸の中を渦巻こうが、必要最小限のことしか口にしない。いや、むしろ大切なことすら呑み込んでしまっている。何度も何度も言葉を呑み、圧倒的に足りない言葉の中で築かれる人間関係は、はたして深いものであるのかわからない。けれど、曖昧ながらただはっきりとわかるのは、目の前にあるものをまるごと受け止めるという、言葉で多くを語るよりも態度で示す、その根源的なコミュニケーションだ。
だからこそ、目の前にいる人をするりと好きになり、愛するようになる。共に暮らせば、ずっと以前からその人と生きてきたような心地になる。相手のことを何も知らなくても、自然とそんな感情がわき出てくる。そして、そこに横たわる繋がりを思ってみたりする。流れるままに流される。けれど、ただ流されるのではない。心をひらいて。できるかぎりニュートラルな状態で。呑み込んだ言葉の数だけ、誰かと結ばれるようにと。息をするように。流れるように。わたしたちはもっと身を委ねるべきなのかも知れない。目の前にあるものをまるごと受け入れる強さと、それとそつなく付き合える器用さで。息をするように。流れるように。あるがままに。ゆうらり、ゆうらりと。
![]() | 転身 蜂飼 耳 集英社 2008-04-02 by G-Tools |
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