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2008.04.15

死者の贈り物

20070409_022 もう何年前になるだろうか。突然にぽっかり空いた席が、いつしか自然に埋まるのを見たとき、“忘れゆく”という意味をほんの少しだけ意識したのを覚えている。昨日までいた。でも、今はもういない。“死”は、それだけの事実を目の前にぽんと差し出して、残された者を呆然とさせる。同時に、生という得体の知れないうごめきを、恐ろしいとすら思わせる。長田弘著『死者の贈り物』(みすず書房)。あとがきによれば、ここには“誰しもの、ごくありふれた一個の人生に込められる、もしそう言ってよければ、それぞれのディグニティ、尊厳というもの”が紡がれている。親しかったものの数々の記憶は、簡潔な言葉とやわらかな優しさとに彩られて、今という瞬間を特別なものへと変えてゆく。

 人は忘れてゆく生き物だとよく言われる。事実、長く生きれば生きるほどに、忘れゆくに違いない。親しかった者のこと、親しかった場所のこと、親しかった時間のこと、親しかった書物のこと、ささやかなありふれたもののこと…。この作品に収録されている「あらゆるものを忘れてゆく」という一編の詩には、忘れてゆく人についてこんなことが書かれている。“人間が言葉をうしなうのではない。言葉が人間をうしなうのだ(p62)”と。忘れてはいけない。そうさまざまなものたちが教えてくれるけれど、それでも人は老いてゆく。死者の年齢を越えて。そして古い言葉だけ、その真実だけが残ってゆく。人はまるで存在しなかったみたいに、消え失せてしまう。まるで、生まれでなかったみたいに。

 また「あなたのような彼の肖像」は、誰でもなかった、ある一人の男の生涯を綴ったものである。もしかしたら、あなただったかもしれない、あなたのような、そんな男の。この一編の詩をじっくり読んでゆくと、わたしたちの生涯というものが、無性にやるせなくて、同時に愛おしいものへと変わってゆくのがわかる。“わたし”という個は、個でありながら必ず誰かとつながっていて、それでもやはり孤独に違いなくて、ひどく寂しい。そんな現実において、どんな一生も、どんな死も、すべてにおいてわたしたちは誰でもない特別さをもっていて、それでいて誰かととてもよく似ているのだと知るのである。だからこそわたしたちは誰かと寄り添い、それでいて孤独を愛して止まないのかもしれない。

4622070677死者の贈り物―詩集
長田 弘
みすず書房 2003-10

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コメント

こんにちは。
続けざまのコメントでごめんなさい~。

この本は、いつもの長田さんとは、ちょっとだけ違ってたような気がします。
声のトーンが少し暗め、だけど、いつもより少し力強いというか・・・
読み返すことの多い本ですが・・・それゆえ、書けない(苦笑)

>希望をたやすく語らない。
>それがその人の希望の持ち方だ。
「その人のように」という詩。
わたしのそばにもいた「その人のような人」を想い
なんとも言えない気持ちになります。
記憶を愛しすぎると、孤独を受け入れざるをえないのでしょうね。
だからと言って、誰かと寄りそえないわけではないはず。

なんかましろさんのレビューを読むと
どうしても語りたくなってしまう(苦笑)
いつか書いたらTBさせてね~。
あれもこれも・・・(笑)

投稿: nadja | 2008.04.15 15:59

nadjaさん、コメントありがとうございます!
どうぞどうぞ語っちゃってくださいませ(笑)

死者について語ることは、ひどく難しいです。
わたしの場合は、近しいある人のことを思うと、
今でも憎しみと悲しみがごちゃまぜに込み上げてきて、
なんとも言えない気持ちになることがあります。
まだ、消化しきれていない。まだ、忘れられない。
<忘れちゃいけないのだけれども、どこかで忘れたい…>
どこかで記憶にすがるように、もういない対象を思っている。

長田氏の詩にふれると、そういうもやもやした気持ちが、
なんだかまるごとすべて包み込まれたような心地になります。
矛盾した都合のいい思いも許される気がして。
何ともずるい自分自身を見つけるのデシタ。

投稿: ましろ(nadjaさんへ) | 2008.04.15 18:28

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