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2008.04.18

乳と卵

20070329_007 疼く下腹を抱えながら毎回思う。何故わたしはこの痛みに耐えているのだろう、と。耐える必要性を感じないまま、もはや見慣れた赤をさらにじっと見つめる。いや、見つめざるを得ない。そうして見つめるほどに赤は増し、声なき声として再び下腹を重苦しく疼かせる。女性という器を与えられたときから終始つきまとう嫌悪感は、子を産む予定のない身にとってただただ募ってゆくものとして奥底に横たわっている。川上未映子著『乳と卵』(文藝春秋)。ここに登場する人物たちは、執拗なまでの生理的嫌悪感や女性という器に関する執着を抱いている。いやらしいほどに女性的なその感覚は、饒舌な関西弁の口語体で紡がれて、ねっとりと読み手の心にまとわりついてくる。

 物語は、東京に暮らす<わたし・夏子>を語り手に、豊胸手術のためにやってきた姉・巻子とその娘・緑子と過ごした三日間を描くもの。胸のことにばかりに執着する40前の巻子と、思春期のまさに入り口でもがきあがいている(半年前から口をきかなくなった)緑子、そしてその二人の狭間でどうすることもできないまま、何だか宙ぶらりんに映る30代の夏子。三者三様それぞれの立場から、女性という器の不自由さや、肉体が刻々と変化してゆく何とも言えない哀しさを切々と訴えかけてくる。女性という器と奥底にある意識、身体と心の相容れない部分をぱっと広げて見せるこの物語は、永遠に続くわたしたちの中に潜む葛藤をテーマにしているように思う。

 他に収録されている「あなたたちの恋愛は瀕死」は、「乳と卵」とはうって変わって標準語で書かれた物語であるが、独特の言語感覚はそのままに心地よく酔わせてくれる。孤独な女のデフォルメされた夢想が、思いもよらない方向へと突き進む展開だ。こちらを読んで改めて「乳と卵」に関して思うのは、その確かな筆力というもの。一見饒舌に多くのことを語っているように思える文体が、実は計算し尽くされたぎりぎりのラインを保っている簡潔な、魅力的なものであるということである。決して読みやすくはない、句点の少ない長々とした文章を好むか好まないかは別として、物語の読後に残る余韻がわたしにとってとても心地よいものだったことは確かである。

4163270108乳と卵
川上 未映子
文藝春秋 2008-02-22

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