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2008.04.10

ツアー1989

20070409_021 そこには、わたしかも知れない誰かがいる。わたしの知らないわたしがいる。積み重なる記憶は、次から次へと止めどなく書き換えられてしまう。過ぎ去ってゆくものは皆、確かには刻まれない。それはあまりにも頼りなく、曖昧である。そう、だから記憶はときとして嘘をつく。刻まれたはずの記憶を甦らせるたびに、色を添え、意思を用いる。そうしてつくられた都合の良い記憶は、わたしたちの中でときどき取り出されては、また脚色されてゆく。中島京子著『ツアー1989』(集英社)は、15年前の記憶をめぐる物語である。登場人物がそれぞれに記憶をたぐり寄せてゆく中で、靄に包まれたような過去について考え込み、不穏な空気に包まれてゆくのが印象的である。

 1989年、“迷子つきツアー”なるものが行われ、ツアー客に不思議な余韻を残した。旅先で迷子になる客が一人くっついてくる、というシンプルなものだったが、客の間では秘密めいた感慨のようなものを共有したことが、旅をよりいっそう満足させるものにした。「迷子つきツアー」は、唯一帰国することのなかった迷子の一人である男からの、身に覚えのない手紙を受け取る主婦の物語である。「リフレッシュ休暇」では、職を失った男が引っ越しの荷造りをしながら、15年前のツアーについて記されたノートを読んでゆく。「テディ・リーを探して」では、かつて添乗員を務めたツアーについて書かれたブログを発見した女が、自分の記憶と食い違う部分を正してゆこうとする。

 最後に収録されている、エピソード4の「吉田超人」のみ、それまでのエピソードとは少し違った趣で描かれており、エピソード1の「迷子つきツアー」に登場する、15年前のツアーで迷子になった男の恋した女性に手紙を届けた、ノンフィクションライターの若者を主人公に、現在の迷子の行方を追ってゆく物語となっている。その中で挙げられる“忘れずにいるべきことは何か”というテーマは、記憶ということについて語る上で、とても重要なことのように思う。記憶の中の、わたしかも知れない誰か。わたしの知らないわたし。自分とは何かを証明する難しさの中においても、確固たる自分を自分の中におくことの必要性を、痛感するエピソードだったように思う。

408774812Xツアー1989
中島 京子
集英社 2006-05

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