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2008.03.24

サイゴン・タンゴ・カフェ

20070324_002 絡みつく情熱に突き動かされる。濃密に流れる時間の中で、わたしはひどくゆれていた。どこか懐かしい闇さえも呼び起こして、心を締めつけるそれ。封じ込めていた痛みは再びその熱を帯び、わたしのこころを激しく突き動かすのだ。生きるために。この先もずっと、生きるために。こころに傷を抱えながらも強く生きる女性たちが印象的な、中山可穂著『サイゴン・タンゴ・カフェ』(角川書店)は、タイトルにもあるとおり、タンゴをモチーフにした著者ならではの情熱的で、もの悲しい物語5編を収録している。同じ女性として、憧れずにはいられない彼女たちの潔さや逞しさは、拭い去ることのできない過去と共に生きるゆえのものなのだろう。

 表題作「サイゴン・タンゴ・カフェ」。タンゴとは縁遠そうな地、ベトナムのサイゴン。その廃墟のような一画にあるカフェに偶然にも迷い込んだ孝子は、タンゴに取り憑かれた国籍も年齢も不詳のマダムと出会う。そして、そのマダムの正体が20年も行方知れずになっている伝説の作家ではないかと思うのである。スコールの中、語られるマダムの情熱的な長い恋物語に耳を傾けるうちに、胸に熱いものが込み上げてくる。全身全霊でそそがれる思いは、あまりに切実で、苦しくて、痛い。けれど、過ぎゆく時間の流れと共に、そんな痛みまでもやわらかになってゆくのが、なんとも心憎い展開だ。これぞ中山可穂作品だと、ただただ唸るしかない力強い物語なのである。

 他に印象的だった「ドブレAの悲しみ」は、ブエノスアイレスを舞台に、元ノラ猫のアストルの視点で紡がれてゆくのだが、猫好きにとってはたまらないものがある。忠犬ならぬ忠猫の物語といったらよいだろうか。人間への寄り添い方が、なんとも愛くるしいのである。そして、猫語のわかる孤独な殺し屋の、秘められた恋の行方にはらはらしながら、その結末にぐっとこころを鷲掴みにされた。叶わない思いを抱えたまま、それでも未来永劫思い続ける女性の姿は、ここでも鮮明に描かれている。たとえ、あなたに気づかれなくても。たとえ、自分自身にさえわからなくても…そんな悲しい宿命にあっても、思い続けることのできる強さや潔さを、物語は教えてくれる。

404873833Xサイゴン・タンゴ・カフェ
中山 可穂
角川書店 2008-02

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