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2008.03.06

ブルースカイ

20070109_020 時空を超越した果てで、あなたとわたしがつながる。例えば、女であるという概念で。例えば、男であるという概念で。或いは、ヒトであるという大きな括りでかもしれない。そうして、わたしたちがいつか見上げた空はひどく似ていて、まるきり同じかと見まがうほどに美しく目の前に在ったりするのだ。そんな夢みたいな儚いつながりを思うほどに、桜庭一樹著『ブルースカイ』(ハヤカワ文庫JA)は、脆くもしかと人と人とを結びつける物語だった。西暦1627年の魔女狩りの中にあるドイツ、2022年の“少女”が絶滅したシンガポール、2007年の日本。それぞれの時代を超えて、一人の少女が異世界へと舞い降りるのだ。その存在のあまりの淡さと、どうかすると崩れ落ちそうになるのをじっと見守りながら、切なくも美しいラストまで、引き込まれて読んだ。

 三部構成からなるいずれの物語も、“少女”に纏わる物語だ。それぞれの時代の中で少女というものの概念が変化しているのがとても興味深い。中でも、第一部の10歳の少女マリーの物語では、子どもと大人の境界線上でぐらりと揺れるマリーの心境が語られており、1627年という時代の過酷さ(過酷と思うこと自体が時代の流れか)を思い知る。“ある日とつぜん、大人になるのよ”“途中はないわ。とつぜんなるの。そのときがきたらあなたにもわかるはずよ”そういう言葉に揺らぐことのできるマリーは、ある意味少女としての素質を備えていたのだろう。中世に少女という存在はなかった…という事実に今さらながら愕然となるのは、わたしが甘ちゃんだからなのかもしれない。

 この物語の核となるのは、一番長くて熱のこもっている第一部でも、少女論や青年論が展開される第二部でもなく、一番短い第三部のように感じられる。主人公の女子高生・ソラのあまりの存在の儚さに、ただただため息がもれてしまうのである。例えば、世界とわたしをつなぐもの。例えば、誰かとわたしをつなぐもの。そういう曖昧模糊としたつながりを思うとき、少女のもがきあがく姿は、あまりにも悲痛だ。今、こうして、ここに居る、ということへの希薄さを、どうしても認めざるを得ないのは、物語の過酷さゆえのものなのかもしれないが、それでもわたしは思ってしまう。この世の中は儚い。そこに生きる人もまたしかり。けれど、だからこそ、美しく愛おしいと。

4150308209ブルースカイ (ハヤカワ文庫 JA)
桜庭 一樹
早川書房 2005-10-07

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