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2008.03.11

人生の特別な一瞬

20070901_020 たとえば、思わず振り向いた先にある、なにげないある日の光景。平坦で同じ毎日に思える光景の中にあっても、ふっととてつもなく大事な一瞬が訪れることがある。それはその時には意識できなくとも、後になって慈しむようにありありと思い出されるものかもしれないし、瞬時にそうだと閃くものかもしれない。そうやって導き出されたひとつの光景は、わたしたちの心の奥底に根ざし、脳内にしっかりと刻まれ、いつまでもきらきらした輝きを見せ続けるのだろう。32篇もの詩文を収録した、長田弘著『人生の特別な一瞬』(晶文社)は、かけがえのない瞬間を切り取る著者の言葉の冴えわたる一冊である。どの言葉も人間味溢れ、躰に馴染むようにするりと入ってくる。

 著者はこの一冊の中で、“旅”という言葉を頻繁に使っている。たとえば、雨の日ひとつを取ってみても、その静けさや濡れた風景に身を寄せ、“旅に雨はのぞましくない”としながらも、雨に魅せられてしまっている。あるときは、地図で旅する魅力を語り、地図上には語られてきた物語と語られなかった物語が詰まっているものとして、イメージを膨らませる。ひとり旅に至っては、自分自身に会いに行く旅であると著者は言う。旅嫌いなわたしとしてみれば、これでもかというくらいに、“旅”に纏わる話ばかりなので、読みながら徐々に身を固くしながら物思いに耽ったくらいである。旅とは、こんなにも魅惑的な瞬間をいくつもいくつも呼ぶものなのか…と感心しつつ、頁を捲る。

 中でも、「旅の書斎」という話では、もう唸るしかなかった。というのも、旅の移動時間における読書の素晴らしさを説かれてしまったからである。“時間を静かにつかえるときでなければ読めないような本を手にする。そうして、ゆっくりと、言葉の色合いや明るさや重さを読んでゆく(p99)”のだという。いつでもこんなに噛みしめながら読めたならば、本も喜ぶというもので、著者の紡ぐ文章からは、深みのある充足感が伝わってくる。もちろん、一冊の本に対する真摯な態度も。なんだかがむしゃらに本を読んできたわたしの読書とは、根本的な何かが違っているようで、とても恥じ入る思いがした。これからはもっと大事にね。そう、これからの読書に新たな気持ちを寄せたのだった。

4794935323人生の特別な一瞬
長田 弘
晶文社 2005-03

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コメント

こんばんは、ましろさん。

長田さん、読んでくれてありがとう。

そうそう、これでもか、と「旅はいいよ~」と薦めてくれる長田さんだから(笑)
まいっちゃうよね(笑)

さりげない言葉の中にキラッと光る言葉がたくさん。
さりげない日常の中にも、こんなにステキが溢れてることに気づかせてくれる。

ちょっと立ちどまることの大切さを、長田さんの視点が教えてくれるような気がします。

そして、長田さんの本は、どれも「あとがき」がステキ。

TB ありがとう♪
わたしからも、送らせてもらいました♪
ましろちゃんに読んでもらえて、とても嬉しい♪

投稿: nadja | 2008.03.11 19:13

nadjaさん、コメント&TBありがとうございます!
この一冊はたぶん、nadjaさんと出会えていなかったら、
手に取らずに終わっていただろう本だから、
これからもずっと大切にしてゆきたいと思ってます。
だって「旅」だなんて、わたしには全く縁のないお話だもの!
それでも、読んでいるうちに旅に出たくてウズウズしてくるから不思議。

長田さんの本はね、『人はかつて樹だった』も借り出してきたので、
読んでみるのがすごく楽しみです。
今度はどんなところへ導いてくれるのだろう、とわくわくです。
また同じ本が読める喜びを味わいたいな。

投稿: ましろ(nadjaさんへ) | 2008.03.11 20:35

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[ 人生の特別な一瞬 長田弘 ] (晶文社) 特別なものは何もない、だからこそ、特別なのだという逆説に わたしたちの日々のかたちはささえられていると思う。 人生は完成でなく、断片からなる。 ~人生の特別な一瞬 ・あとがき~ 1月 は いく 2月 は にげる 3月 は さる 時間は やりくりすればどうにかなるけれど 気持ちばかりは やりくりしてもどうにもならないことに気づく3月 読みかけの本を手に取っても 書かれている言葉が素通りし... [続きを読む]

受信: 2008.03.11 19:03

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