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2008.03.12

オブ・ザ・ベースボール

20070226_005 いつ果てるとも知れぬ倦怠感に眩暈を覚えながら、ただひたすらに活字の渦に向かい合う。呑まれるということは、こういうことを言うのだろうか。明確な解説の与えられないまま、ナンセンスといくつもの疑問を抱かせるにまかせて展開する、開かない物語を追いかけてゆくうちに、わたしは“忍耐”という意味を理解した気すらした。円城塔著『オブ・ザ・ベースボール』(文藝春秋)という作品は、それほどまでに読みづらく理解しがたい小説である。だが、並べられた数学や哲学、物理学といった、御託とも思われてしまいそうな味のある知識をもって、読み手を迷走させながらも、しかと人のこころを掴む魅惑的な力を感じさせ、読み終えた後には爽快感さえ漂わせるのである。

 物語は、ほぼ年に一度空から人が降ってくるという、人口500人にも満たない小さな街を舞台に展開する。そして、9人から構成されるレスキュー・チームの一員の語りによって、単調で退屈すぎる街のことなどが延々と考察されるのだ。何しろ、読み手であるわたしたちが抱くであろう、空からなぜ人が降るのか、レスキュー隊になぜバットが支給されているのかをはじめとする、さまざまな疑問に対する回答は、語り手すらもわかっていない。だからこそ、そのわからなさを語り、考える。すべては曖昧なまま、不条理は不条理のまま、物語の深みにはまらせる構成だ。いつ降るとも知れぬものを待ち続ける無為な時間を、そうして過ごすことは、とてつもなく人間らしいとわたしなんぞは思うのだが。

 一方、表題作の他に収録されている「つぎの著者につづく」では、語り手である<私>が、読んだこともないR氏の作品との類似性を、ある批評家に指摘されてしまうのだが、このR氏というのが謎を秘めすぎた人物であり、そもそも存在していたのかさえ怪しいほどだったりする。物語は、類似性を指摘されたことによって、R氏に関する事柄を追求してゆく様を、主人公の独白という形式で描かれている。その根底にあるのは、次々と世の中に登場する作品群に対しての、どれとも似通っていないものを生み出すことの難しさだろうか。この物語のすべての文字列は、これから先どのようにして新しいもの、独自のものを創造できるかに対する、著者の探求心の顕れのようにも思われる。

4163267301オブ・ザ・ベースボール
円城 塔
文藝春秋 2008-02

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コメント

連続して書きこみごめんなさい~。

円城さん作品に共通しているのは、作者が作品を突き放して見ているような・・・
常に作品をひとつの生き物のように見ているような
そんなところかな、って思います。
作者なんだけど、読者の側から作品に向き合ってるような
夜中に夢中で読んでいると、隣で円城さんがクスクス笑ってるような
「ね~っ、ほんとにもうどうしようもないね」なんて
ぽかーんと言ってるような、そんな心地よさがあって
中毒になっちゃってます(笑)

わけわかんない以上に、円城作品を愛しすぎてしまって記事が書けないのです(笑)
ましろさん、素敵に書いてくれてありがとう♪

投稿: nadja | 2008.03.13 17:38

nadjaさん、コメントありがとうございます!
前にオススメされなかったら、たぶん読まなかったであろう作家さんだから、
nadjaさんには感謝感謝です。
わたしの小さな世界を広げてくれたような気がしています。
でも、正直いまだによくわかっていない(笑)
たぶん、これまでの作品の中では、「オブ・ザ・ベースボール」が一番やさしいはずなのだけれど…。
いつかぜひ、nadjaさんもレビューを書いてくださいね。
いつまででも待ちますから。
そして、その作品に対する愛を、たくさんたくさん教えてください。

投稿: ましろ(nadjaさんへ) | 2008.03.14 23:03

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