夜を着る
ざわざわ。心がざわつく。湿り気を帯びながらもざわつく心は、戸惑いを隠せない。こんなにも誰かの心のうちを知ってしまってもいいのだろうか、と。こんなにも誰かの心に踏み込んでもいいのだろうか、と。次々と吐き出される内面の吐露の数々は、どうしようもなく戸惑う思いをよそにぐいぐいと引き込み、読み手であるわたしまでもが、その心情を顕わにしたくなってくる。井上荒野著『夜を着る』(文藝春秋)に収録された旅にまつわる8つの短編は、どれもそんなふうに感情を揺さぶるものだった。登場人物たちの繰り広げる日常は鮮明に浮き上がり、いつしか語り手に寄り添うように思いを傾けていることに気づく。そこには性差もなく、大人子どもの区別もない。
二度目の堕胎を終えたばかりの若い恋人たちの姿を描く「アナーキー」。女子高生が学校をさぼり、見知らぬ街をあてもなくさまよう「映画的な子供」。年齢を意識し始めた中年女性が夫婦の岐路に立たされ、短い旅に出る「ヒッチハイク」。教え子との恋に破れたのち、殺人現場へと向かう男を描いた「終電は一時七分」。詩人だった父親のスキャンダルに疲れた母と娘が向かったI島での数日を描く「I島の思い出」。夫の浮気の尻尾を掴もうと、妻が隣家の男と共に夫の旅先へ向かう、表題作の「夜を着る」。二組のカップルが卒業旅行で向かったパリで教授の死を知る「三日前の死」。父親の葬式で、その愛人との懐かしい夏の日を回想する「よそのひとの夏」を収録している。
いずれの作品にも通じているのは、その心理描写の巧みさである。とりわけ、「映画的な子供」で描かれる思春期の少女の心の揺れは、読み手までもがどきどきはらはらさせられる。この作品の中で、最も印象的なスカートのほつれを見知らぬ男性に指摘される場面では、妙なくらいのリアリティとエロティックさを感じずにはいられない。たかがスカートのほつれ。されどスカートのほつれ、である。小さな出来事が、大きく少女の心を揺らしたのを、わたしは確かに目撃した気になったのだった。もちろん、指摘した方の男性の気恥ずかしさも、じわりと伝わってくる。そうして、どうかすると呑み込まれそうな日常の中で、少女は確かに息づいていたように思うのだ。
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