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2008.02.14

ハードボイルド/ハードラック

20050124_003 雰囲気に呑まれてしまうことがある。たとえば悲しみの。或いは、悲しみの連鎖の。目に見えないチカラによって為されるそれを何と呼ぶべきなのか、わたしにはよくわからない。けれど、何らかの奇妙な作用があって展開される、吉本ばなな著『ハードボイルド/ハードラック』(幻冬舎文庫)を読み終えてみると、科学的な根拠のないそれを信じてみるのも悪くない気がするのだった。「ハードボイルド」は、てくてく山道をあてもなく歩く場面からはじまり、なぜかかつて一緒に暮らしていた亡き彼女のことを繰り返し思い出す、という不思議な一夜を描いた物語である。一方「ハードラック」は、死にゆこうとしている姉を通して鮮やかに描かれる、ゆれる人間模様を描いた物語である。

 どちらの物語も“死”ということに重きを置いている点では共通していて、死者をより身近に感じ取っている主人公が登場する。「ハードボイルド」ではウトウト夢見心地で見る死者の姿は美しく、様々な記憶を呼び起こしてゆく。お互いに若かったゆえ、の後悔だとか。関係性の持続の困難さ、だとか。人とは、実に愚かにできているもので、後戻りできないところで地団駄を踏んでみたりするのであった。不思議なことが立て続けに起こる展開は、やがて読み進めるうちに明らかになってゆくわけだが、物語に始終漂う夢のような雰囲気はいつまでも余韻を残す。それがまた、心地よい。するりと脳内に染み入って、夢とうつつを行ったり来たりしたくなってしまうのだった。

 もうひとつの「ハードラック」では、脳と身体とが、別々に死んでゆく姉の死の不自然さと、それを見守る人々のある意味での自然さとの対比が印象的である。“自然”。そう一言で言ったところで、価値観や考え方は様々であるが、いわゆる脳死状態にある姉の死とどう向き合ってゆくのか、という重たいテーマを、主人公の妹と、姉の婚約者だった人の兄とのスムーズな会話によって、さらりと読ませてしまうあたりが心憎い。姉以外の人すべてが自然で、ただ一人姉だけが不自然…そんなふうに思ってしまう主人公の葛藤も、不謹慎ながらの淡き恋心もちゃんと描かれているところもまた、何とも心くすぐられる。悲しみに明けくれつつも、くれない。そんな物語なのである。

 そして、どちらの物語を通しても感じられるのは、変わりゆく人並みの中にも、変わらない大切なものがあるような気がする、ということだ。空はいつだって頭上に広がっているし、夜になれば星が煌めく。昼には太陽が燦々と照りつけて、月だって眠らずに片隅にいてくれることだってあるのだ。そんなふうに思っている先にも、世の中では必ず誰かが死に、誰かが泣きを見る。いつも起こり得るそれらを普段は意識しないだけで、悲劇はごく身近なところにあふれているのだろう。だからこそ人は、雰囲気に呑まれてしまうことがある。たとえば悲しみの。或いは、悲しみの連鎖の。そうして、目に見えないチカラによって為されるそれを信じてみたくもなるのだろう。

434440159Xハードボイルド/ハードラック (幻冬舎文庫)
吉本 ばなな
幻冬舎 2001-08

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コメント

わぁ、なつかしい♪
この本、すごく好きです。
奈良さんの表紙絵も大好き♪

吉本ばななさん、実はあまり得意じゃないんだけど
『哀しい予感』(だっけ?) と、これは すごく好き。
『アムリタ』も 何度か読み返してる本です。

投稿: nadja | 2008.02.14 20:20

nadjaさん、コメントありがとうございます。
奈良さんの画、いいですよね~♪
わたしも大好きです!
どちらかというとわたしは、よしもとばななに改名する以前の作品が好きで、
以前はよく読んでいました。
でも、これを機に再び読み始めようかな、なんて企み中です。
実は4年前にも一度レビュー(と言えるかどうか)を書いていて、
あまりのひどさに書き直したくなって再読したのですけれどネ。

投稿: ましろ(nadjaさんへ) | 2008.02.14 21:04

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