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2008.02.03

レクイエム ある幻覚

200502077_998014 いつ果てるとも知らぬ長き日は、わたしたちを道連れにする。誘われるままに進みゆけば、そのあまりにも密度の濃い追憶に圧倒され、呑み込まれてしまうのだ。たかが十数時間。されど十数時間。呼んだのか、呼ばれたのか。時間軸のねじれの中、この世の者ともあの世の者とも区別のつかぬ者たちと出会う旅は、逃れようもない今日という日、変えようもない己の運命とやらを、まざまざと見せつけてくるようでもある。そうして見えてくるのは、追憶の中に眠るわたしたちの過去である。いつしか向き合わねばならないそれは、今いるところから前進するために必要不可欠な一歩に違いなく、その助けとなるのが、ある者との対話だったのだろうと思い当たる。

 アントニオ・タブッキ著、鈴木昭裕訳『レクイエム ある幻覚』(白水Uブックス)は、主人公である<わたし>がある偉大な詩人と出会うまでの長き一日を描いた物語である。じりじりと照りつける太陽の下、じっとりと背を流れる汗をふきふき、待ちぼうけをくいながら、リスボンの街をさまようようにして歩き、様々な人々と出会い、別れ、その端々で追憶に耽る。死んでしまった友人や恋人、若き日の父親、ジプシーの老婆など、その数は23名にもなるから驚きである。<わたし>に纏わる数々の者たちの声に耳を傾けながら思うのは、誰もが語るべき何かを持っているということだった。とりわけ、模写画家との対話はとても興味深いものがあった。

 模写画家は語る。“わたしたちのなかで眠っていたものが、ある日にわかに目をさまし、わたしたちを責めさいなむ。そして、わたしたちがそれを手なづけるすべを身につけることによって、ふたたび眠りにつく。でも、けっしてわたしたちのなかから去ることはない”と。これには、なるほどと頷いていた。まさに過去とはこういうものではないかと思うのだ。模写画家がこの世の者なのか、あの世の者なのかはわからない。だが、少なくとも逃れようもない過去を持っている者であることはわかる。そうして、改めて思う。追憶に眠る過去との、上手な付き合い方を。どうにかして向き合う、心の強さを。いつしか物語は、鎮魂曲としてわたしたちを包み込む。

4560071306レクイエム (白水Uブックス―海外小説の誘惑)
Antonio Tabucchi 鈴木 昭裕
白水社 1999-07

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コメント

こんにちは♪

暦の上では立春なのに、まだまだ春は遠いですね。
本を読みながら、寒くてうとうとしちゃうことが多くなってます(苦笑)
なかなか長篇は読めないわ(笑)

わたしがタブッキでいちばん好きな小説は
この『レクイエム』のような気がします。

ほどよい緩さがいい。
ワニさんマーク(笑)が出てくるところなんて
あらら・・・と力が抜けちゃいませんでしたか?(笑)

こうして好きな本を紹介されてるのを読ませてもらうと
今日こそ読まねばならぬ、と手にとった本を置いて
書棚から抜き出してきたくなる誘惑と闘ってしまいます(笑)

投稿: nadja | 2008.02.05 14:39

nadjaさん、コメントありがとうございます。
寒くてうとうと(笑)
でもきっと、あったかくてもウトウトしちゃうんだろうなぁ。
困ったものです。

タブッキ。いいですよね~
わたしは須賀敦子さんの訳のタブッキが好きなのですが、
『レクイエム』を読み返してみると、これもまたよいなぁ…
でもあっちもそっちもよいなぁと、迷うことしきりです。
そう!ワニさんマークには、思わずにんまりですよね。

わたしもnadjaさんが読まれている本、すっごく気になっているんですよ。
先日なんて、クンデラに手を伸ばしかけたのですが、
積んである本たちが、わたしを自由にしてくれませんでした。
しかも、わたしには集中力の欠片もない・・・
嗚呼、なんというジレンマ!

いつか読み合わせてみたいものですね。
或いは、いつかみたいなシンクロとか。
できたらいいな。あったらいいな。
そんなことを思います。

投稿: ましろ(nadjaさんへ) | 2008.02.05 19:16

こんにちは~☆
私は、タブッキの本は須賀敦子さんの訳されたものしか読んだことがないので、これ、今度読んでみますね。

上のクンデラって、ミラン・クンデラでしょうか。
私は昔読んだんですけど、確か、最近新しく訳されたものがあるんですよね。
私は4ヶ月前から本屋で働き始めたのですが、どの本も、私に、読めー! とか、読んでぇ~、とか、色々話しかけてくるんで、ひぇ~、ごめんなさい、っていっつも思います。
本がみんな男の子だったら、私モテモテなんですけど。(ドリーム)
すがる男の子を次から次へと振ってる気分で仕事しようと思うのですが、なかなか・・・
今は本屋大賞誰にエントリーするか悩んで仕事してます。

ところで、最近、潮音ましろさんという方の短編をよみました。
ましろさんかな、と思ってここに来ました。
(違ってたらごめんなさい。)
すごくステキでした。それが伝えたくて。
この話題がとんちんかん、又はここに残しておきたくない場合はこの文を削除してください。

投稿: 牧場主 | 2008.02.06 16:52

牧場主さん、コメントありがとうございます。
ぜひぜひ『レクイエム』も読んでみてください。
きっとタブッキ作品が、さらに好きになりますよ。

そして、はい。ミラン・クンデラです。
勝手にクンデラ呼ばわりしております(笑)
あの新訳シリーズはかなり気になっているんです。
でも、なかなか手が出ないもので。

そしてそしてなんと、おぉ!本屋さんで働いてらっしゃるのですね。
本好きにとっては、たまらない。羨ましいです。
本屋大賞に投票できるのも羨ましい~
と、羨んでばかりでございます。失礼致しました。

さて、「潮音ましろ」に関してですが、
間違いなく、わたしだったりします・・・。
読んでいただけて、とても嬉しく思っております。
稚拙な作品にもかかわらず、ありがとうございます。
感謝感謝です。

投稿: ましろ(牧場主さんへ) | 2008.02.06 20:38

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