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2008.02.29

赤×ピンク

20070227_017 一瞬のきらめきの刹那に生きる、少女たちの危うさにゆられながら、かつて思い悩んだいくつもの感情が疼き出す。たとえば誰かに愛されたくて、たとえば自分が何者かわからなくて、たとえば自分の居場所が見つからなくて…けれど、そのすべはいつまでもわからなくて、日々を悶々と過ごしながらも生きざるを得なくて。そんなことを思わせた、桜庭一樹著『赤×ピンク』(角川文庫)は、脆く崩れ落ちそうになりながらも、懸命に生きる少女たちの切実なる思いを、掬い取るようにして描いている。今いる場所は居心地が悪いけれど、そこでしか生きられないある種の呪縛に囚われた少女たちは、消費されるだけの日々の中で、繰り返しの日々や虚しさに耐え続ける。

 物語は、「“まゆ十四歳”の死体」「ミーコ、みんなのおもちゃ」「おかえりなさい、皐月」の三部構成からなる。それぞれの主人公まゆ、ミーコ、皐月は、廃校になった学校で行われている非合法のガールファイトのファイターたちである。自分で自分がよくわからない…そんな浮遊感の中に漂うようにして、非現実的な場所で生きることを選んでいる。それは、ある意味では逃避と呼ぶのかも知れないが、彼女たちにとっての“今を生きる”最善の策のように感じられる。ファイトで身体に受ける痛みは、わかりやすいかたちのあがきの結果であり、幼い頃から育ってしまった心の痛みをやわらげるものでもある。そして、いつか高く跳ぶための確かな一歩ともなるのだろう。

 「“まゆ十四歳”の死体」の中で、まゆがノートに言葉を書き留める場面がある。“生きていくと忘れてしまうから”そんな理由から人からのアドバイスなどを書きためているノートがあるのだ。何だかわたしはここに彼女の孤独をひしひしと感じてしまった。彼女がどういう人生を歩んできたのか、彼女がどういう日々を生きているのか、そういう彼女に纏わるあらゆることに心奪われた。危うさの中にいながらも、ひたむきな姿勢というものに、ぐぐっときてしまったのである。ミーコの生き方にしても、皐月の生き方にしてもそれは通ずるものである。そう、彼女たちは皆、ただ閉塞感の中にいるのではなく、懸命に生きようとしている。確かに今を、生きているのだった。

4044281025赤×ピンク―Sakuraba Kazuki Collection (角川文庫 さ 48-1)
桜庭 一樹
角川書店 2008-02

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