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2008.02.06

いとしい

20070204_029 ゆらゆらとたゆたいながら思うことはただひとつ、世の中はなんて難儀なことよなぁ…である。誰かを強く思うことも、恋うた人と別れることも、恋い続けることも。何も色恋に限ったことじゃない。この世界は何ひとつとってみても、ひどく難儀にできている。気の持ちようだとか、考え方次第だとか、そんな言葉など空虚にすとんと落ちゆくように。川上弘美著『いとしい』(幻冬舎文庫)を読みながら、難儀よなぁばかりを繰り返してしまったのは、語り手であるマリエの恋路を案じていたからに違いなく、物語上で唯一現実をリアルに生きているように思えたからである。物語に散りばめられた数々のエピソードは、自然にするりと胸に染み入ってきて浸らせてくれる。

 物語には、語り手のマリエとその姉のユリエを中心に、その母親のカナ子、母の恋人のチダ、マリエが教えている生徒でチダの愛人のミドリ子、ミドリ子の兄でマリエの恋人となる紅郎、ミドリ子に付きまとう鈴本鈴郎、姉ユリエの恋人のオトヒコらが登場する。どの登場人物たちもあやふやな輪郭で、ゆらゆらと揺れるように描かれている。だから読み手であるわたしたちは、彼らの不確かさを感じながらも、読み進むしかないのだ。これは愛なのか。愛じゃないのか。そうしていつしか、もういいや、と思ってしまう。このたゆたうような感覚に漂って、身を任せればいいのだと。すべての境界がとろりと溶けだして秩序も何もなくなる、そんな物語なのである。

 とりわけ、マリエと紅郎の曖昧な関係性はあまりにももどかしくて、せつなくて。けれど自分自身を省みれば、どんな関係性にしたってそんな空気感はあるもので、ただただもぞもぞとなるばかりで。仕方のないこと、というものが世の中にあることが、こんなにも苦しいだなんて…と、今さらながら気づかされたわたしだ。物語は、現実離れした個性的な登場人物設定の中に、ただ一人マリエという(冷静で)現実的な存在を置くことによって、読み手をぐいと引き込んでゆく。だからこそ、読んでいて無性に人恋しくなる。寂しくもなる。マリエと共に前を見据えようとすらする。そうして、いつの頃だったか、あの頃みたいにどこかを走ってみたくもなるのだった。

4344400062いとしい (幻冬舎文庫)
川上 弘美
幻冬舎 2000-08

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