« 燃えるスカートの少女 | トップページ | 乙女ちゃん―愛と幻想の小さな物語 »

2008.01.05

冬のオペラ

20061027_005 真実が透けて見えるということの哀しさは、どれほどのものだろう。見えてしまうからには、目を背けることができない。できないからこそ、強い意志で目の前に広がる現実と立ち向かわねばならない。感情に流されずに。冷静な態度で。覚悟を決め、どこまでも理想を追い求める。北村薫著『冬のオペラ』(角川文庫)に登場する、<名探偵>巫弓彦は、そういう男である。“名探偵はなるのではない。ある時に自分がそうであることに気づくのです…”そして、存在であり、意志であると彼は語る。そうして、名探偵であるがゆえに名探偵に相応しい事件にありつけない彼は、バイトで食いつなぐ日々を送っている。それもまた、哀しき宿命である。

 物語は、<名探偵>巫弓彦を記録者として見つめる、姫宮あゆみの視点で語られてゆく。彼女もまた、物書きになりたいという理想を持つ女性だ。第一の事件である「三角の水」は、二人の出会いから始まって、理想と現実との落差を痛感させられる顛末が何とも心憎い。事件としては、あまりにも小さく面白味に欠けるが、ここで展開される<名探偵>の態度に思わず惹かれてしまうのだった。第二の事件である「蘭と韋駄天」は、女の嫉妬心が蠢くもの。ここでの謎は足疾鬼の仏舎利盗難にも例えられ、不思議なイメージを残してゆく。事件自体はとても小さなものだが、そこで繰り広げられる人間の醜さを、鮮明にぱっと見せられた心地になるのだった。

 第三の事件である「冬のオペラ」は、京都の大学が舞台の不可解な殺人事件で、日常に潜むミステリを得意とする著者の物語にしては、とても残酷な印象を残す。すべての事件は、この事件までの序章であったかのように。だが、いずれも<名探偵>の鮮やかな推理と一言によって、救われる心地がするのだ。とりわけ、“(この人が鬼になったのは)人を殺したからではない。かくありたかった、こんな筈ではなかったという思いに執着し、そこで足摺りをし、悶えたからです…”という言葉には、胸が締めつけられる。夢や理想を持ち続けることはとても難しい。けれど、この<名探偵>とあゆみならば、どこまでも叶えようと挑み続ける気がするのだ。

4043432054冬のオペラ (角川文庫)
北村 薫
角川書店 2002-05

by G-Tools

人気ブログランキングへ
にほんブログ村 本ブログ←励みになるので、クリック宜しくお願い致します!

|

« 燃えるスカートの少女 | トップページ | 乙女ちゃん―愛と幻想の小さな物語 »

16 北村薫の本」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

こんにちは、ましろさん。
今年もドキドキするようなレビュー読ませてくださいね。

さっそく読み返したくなるようなレビューをありがとう。
北村薫さん、4~5年前に憑かれたように読みまくりました。
これも、たぶん、読んだはずなんだけど
ましろさんのレビューを読んで、わたしってばどんな読み方したんだろう?って思っちゃいました。

名探偵はなるのではない。ある時に自分がそうであることに気づくのです。
って、名探偵ではないけど、こういう感覚、わたしも持ったことがあります。
どこから湧いてきたんだ、あの自信は・・・と、いつのまにか生活の中に埋もれてしまった感覚。
またいつかそういう感覚を得ることができたら、今度は手放したくないな。
たとえ、勘違いであったとしても、信じて生きていこうと思う(笑)

今年も、どうぞよろしく♪

投稿: nadja | 2008.01.07 17:36

nadjaさん、コメントありがとうございます。
遅ればせながら、今年もどうぞ宜しくお願い致します!

北村薫作品は、わたしも久しぶりに読んだのだけれど、
年月と共に読み方も少しばかり変わった気がしています。
もともとミステリは苦手ジャンルなので、
正直言ってしまうと、もはや謎解きはどうでもよかったりして。
その背景にある人間関係とか、どろっとした生身の人間性に興味津々なのでした。

「名探偵はなるのではない。ある時に自分がそうであることに気づくのです」
っていうのは、やはり名ゼリフ。
こんなふうに言い切れちゃうくらいの強さ、潔さみたいなものを、
わたしもほんの少しでも持てたらと思います。
む、無理かな。やっぱり(笑)

投稿: ましろ(nadjaさんへ) | 2008.01.09 10:04

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55029/17587794

この記事へのトラックバック一覧です: 冬のオペラ:

« 燃えるスカートの少女 | トップページ | 乙女ちゃん―愛と幻想の小さな物語 »