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2008.01.23

夜明けの縁をさ迷う人々

20061224_043 いびつにゆれて、ゆらめいて。危うさの中に封じ込められる。夜と呼ぶには淡い闇。朝と呼ぶには僅かな光。たとえばそんな狭間に。そうしてどっちつかずの境界線上に、彼らは立ちつくす。まるで、そこに“いる”ということが、唯一の生きるすべであるかのように。しがみつき、しがみつく。おのれの小さな世界を、ひたすらに繰り返すために。しがみつき、さまよう。いびつであることを忘れるほどに。いや、むしろ、いびつであるからこそ。そういう生き方は、ある意味潔癖なほどに真摯で、不思議なくらいに愛おしく響いてくる。きっとそれは、彼らの中に強烈に感じられる、何かを失った哀しみや痛みのせいなのだろう。だからこそ胸をうつ、物語になる。

 小川洋子著『夜明けの縁をさ迷う人々』(角川書店)は、世の中の片隅でひっそりと生きている者たちをあたたかに掬い上げる、9つの短編を収録した作品である。どこかいびつな登場人物たちは、グロテスクなまでに描写され、ときに残酷にもエロティックにも展開してゆくが、その失った哀しみや痛みの深さの分だけ、物語はいっそう愛おしさを増すよう。たとえば「イービーのかなわぬ望み」では、エレベーターという小さ過ぎる世界が、生と死の狭間を意味していた。イービーの心にぽっかりとある欠損部分を埋めるべくして手を差し伸べる<私>がいるものの、その存在も虚しく、著者は彼を徹底的に突き落とす。だがそれが、心地よいくらいに読めてしまうから不思議である。

 わたしの中で一番印象に残った「涙売り」という一編には、最も高品質な涙は“痛みから生まれる涙”だとある。哀しみや悔しさなどの涙には、心の濁りが表れ出てしまうというのだ。その点、痛みの涙の根源は肉体そのものであるがゆえに、純粋だという。“涙を売る”という非現実的な物語に寄り添うようにしてある、痛みという現実。そして、結局のところ、痛みは痛みによってしか癒されないと言い表しているような超現実。物語を通して開かれている現実というもの。そこに見える哀しみや痛みというもの。人はきっと、そこに自分のそれを重ね合わせてみるのだ。そうして、単なる哀しみや痛みは不思議な力を備えて、新たな何かへと変貌を遂げてゆくに違いない。

4048737929夜明けの縁をさ迷う人々
小川 洋子
角川書店 2007-09

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コメント

こんにちは。

『薬指の標本』を観て、『薬指の標本』を読んで
また、小川洋子さんの世界にどっぷりひたりたくなってしまいました。
この本、持ってないから探してこようかなぁ。

あぁ、でも、外は大雪なんだった(苦笑)
今日は出かけることも出来ずに籠城です(笑)

投稿: nadja | 2008.01.24 15:45

nadjaさん、コメントありがとうございます。
わたしも『薬指の標本』の映画の世界に浸って、
まさに、また読み返してみたくなったんです。
この『夜明けの縁をさ迷う人々』は、去年読んだのだけれど、
いろんな小川洋子さんの世界が堪能できてよいですよー。
後半になればなるほど、その世界観にはまってゆきます。
nadjaさんもぜひに!

こちらも雪が降りました。
大雪とまではいかないまでも、閉じこめられております…。
いや、閉じこもっているのか・・・。

投稿: ましろ(nadjaさんへ) | 2008.01.24 18:14

こんばんは。
小川さんの短篇の醍醐味が詰まっていましたね。
主人公たちに降りかかる不思議な体験。
哀しみや痛みに結末まで目が離せませんでした。

トラックバックさせていただきました。

投稿: 藍色 | 2008.01.26 02:24

藍色さん、コメント&TBありがとうございます!
ホントそうですね。
どれもこれも小川さんの作品ならではで、
読み終えるのがなんだかもったいない気がしました。
長編もよいですが、短編もいいですよね。

投稿: ましろ(藍色さんへ) | 2008.01.26 09:52

ましろさん、こんにちは。
タイトルも内容も素敵な本でした。
小川さんの作品はかなり好きなのですが、時折思いもよらない「落とし穴」みたいな話もあって驚きます。でもどの作品も品が良くて素敵でついつい読んでしまうんですけれど。惹きつけられてます。

上のコメント欄で紹介されていた『薬指の標本』は未読なので、また探して読んでみたいと思います。

投稿: まみみ | 2008.01.27 12:07

まみみさん、コメント&TBありがとうございます!
わたしも小川さんの作品は大好きです。
残酷にもグロテスクにもなるのに、
やさしくてあたたかなものを感じてしまう…
不思議な読後感が魅力的だと、勝手に思っております。

『薬指の標本』は映画(フランス映画)も観たのですが、
個人的にとても好みの作品でした。
独特の官能美といいいますか。
ぜひ読んでみてくださいませ。
まみみさんがどう読まれるのか、とても興味がありますデス。

投稿: ましろ(まみみさんへ) | 2008.01.27 18:42

お久しぶりです。
ましろさんがこの本をいつレビューされるのかなと
心待ちにしておりました。(笑)
本当にステキな短篇集でしたね。
小川さんの作品の中でもかなり好きです。

私もましろさんと同じく一番印象に残ったのは「涙売り」でした。
>痛みの涙の根源は肉体そのものであるがゆえに、純粋
この表現はかなり衝撃的でした。
またもう一度読み返したい作品です。

投稿: マリリン | 2008.01.29 23:27

マリリンさん、コメントありがとうございます。
心待ちにしてくださっていたのですかー!嬉しいです。
実は発売したばかりの頃に一度読んだのですが、
そのときはなかなかするりと自分の中に入ってこなくて、
昨年末と今年になってから再挑戦してみた次第です。
きっと、わたしの心に余裕がなかったのでしょうね・・・。

「涙売り」いいですよね。すごく。
わたしもマリリンさん同様に、その表現には圧倒されました。
やっぱり小川洋子さんの作品はよいなぁと思うわたしです。

投稿: ましろ(マリリンさんへ) | 2008.01.30 13:13

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