« 風化する女 | トップページ | 弦のないハープ または、イアブラス氏小説を書く。 »

2007.12.08

エスカルゴの夜明け

20071204_055 この世の中に起ころうとしていること。そのすべてを受け止める。食べて、笑って、愛して、喜んで、失って、泣いて…そうやって、まるごと全部を味わい尽くすのだ。たぶんきっと、それが人生の醍醐味。たぶんきっと、それが生きるということ。蜂飼耳・文、宇野亜喜良・絵『エスカルゴの夜明け』(アートン)には、限りない人の営みを存分に味わう少女の姿が描かれている。少女はもはや、大人が思っているほどには子どもではない。いつからかいつのまにか、少女時代から別れを告げる時が訪れるのだ。物憂げな大きな目で、確かなものを見据えているのだ。少女から一人の女性へ。その境界ははっきり知れないからこそ、魅惑のものに違いない。

 <わたし>を引き取ったおじさんは、エスカルゴを食べさせてくれない。売り物だからという理由で。でも<わたし>は、知っている。夜遅くにおじさんがエスカルゴを食べているのを。別にとりわけエスカルゴが食べたいわけではないのに、心は晴れないでいる。やがておじさんのことも、毎日世話をしているエスカルゴのことも嫌になった<わたし>のところへ、男の子が訪ねてきて――。少女の内面は物憂げながら、とても潔く描かれている。ちょっとぶっきらぼうで、それでいてときどき大人びた雰囲気を漂わせて。生きることに貪欲な様が窺い知れるほどに、固い決意を秘めて。そうしてきっと、少女は女性になってゆくのだろう。今、まさに。

 この『エスカルゴの夜明け』は、宇野亜喜良の「肉屋の娘」という作品にインスピレーションを受けた蜂飼耳の詩と、蜂飼耳の書いた物語「エスカルゴの夜明け」にインスピレーションを受けた宇野亜喜良の絵が一冊にまとめられたものである。絵が先の作品と、言葉が先の作品と。いずれの作品とも、あまりにも見事に完成されているので、違和感なくするりとその世界観に浸ることができる。とりわけ、最後に収録されている「銀河」という詩の“やりなおしはきかないが やりなおすようなことなどなにもない この世には”というフレーズに添えられた黒いドレスの少女の絵は何とも言えないものがある。残酷で。美しくて。なおかつ、凛としていて。

4861930685エスカルゴの夜明け
蜂飼 耳
アートン 2006-11

by G-Tools

にほんブログ村 本ブログ
人気ブログランキングへ

|

« 風化する女 | トップページ | 弦のないハープ または、イアブラス氏小説を書く。 »

42 蜂飼耳の本」カテゴリの記事

69 アート・絵本」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

突然のコメントで失礼いたします。

こちらで蜂飼耳さんを初めて知り、
手近に入手できるものを読んだのですが(別の本ですが)
とても面白かったです。
今後もちょくちょく立ち寄らさせていただきたく思います。
どうぞよろしくお願いします。

投稿: マルハゲ | 2007.12.12 02:27

マルハゲさん、コメントありがとうございます!
読書のお役に立てたようで、とても嬉しく思います。
拙い文章のブログですが、そして寫眞も下手っぴですが、
ぜひぜひまたいらしてくださいませ。
コメントも大歓迎です。
こちらこそ、今後もよろしくお願い致します。

投稿: ましろ(マルハゲさんへ) | 2007.12.12 17:48

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55029/17312184

この記事へのトラックバック一覧です: エスカルゴの夜明け:

« 風化する女 | トップページ | 弦のないハープ または、イアブラス氏小説を書く。 »