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2007.12.07

風化する女

20071205_005_2 死者はもはや何も語ることができない。語ることができないからこそ、わたしたちはきっと、その声を乏しい想像力で補おうとするのだろう。補おうとするあまりに、死者について語り合い、記憶の中に死者を蘇らせては対話を試みるのだ。木村紅美著『風化する女』(文藝春秋)という、孤独な女の死をめぐる物語も例外ではない。物語は、43歳、独身にして、ある日突然亡くなったれい子さんの足取りを追うものである。会社でほとんど存在感のなかったれい子さんの後輩である主人公は、それほど彼女と親しかったわけではなかった。けれど、その生前の影を追ううちに別の顔を見つけてしまい、その謎めきに好奇心をおぼえてゆくのである。

 主人公はれい子さんの足取りをたどるうちに、その人生を鮮やかに蘇らせてゆく。そうして、自分自身の危うかった足取りを、少しずつ確かなものへと変えてゆくのだ。まるで、その孤独にぴったりと寄り添うようにして。それは主人公もまた、心の根っこに孤独を抱える身だからに違いなく、会社に居場所のなかった者同士の、心の通い合いのようなものだと考えられる。物語が進むほどに主人公はますます、れい子さんの影と同化してゆく。ここで言う同化は、先に述べた死者との対話である。そして、主人公の記憶の中で、間違いなくれい子さんは生きているとわかる。そうして、これから先も生きてゆくのだろう。そんなことを思わせる展開と結末だ。

 また、他に収録されている「海行き」もよかった。こちらは男女の友情と旅立ちを描いた作品で、何とも切ないわびしさが後を引く。なりゆきまかせで生きていることを自覚しているサラちゃんと、なりゆきまかせがまかり通らなくなった譲くん、何も自覚していない主人公。そんな組み合わせの彼らの時間も残り僅か。物語は、三人揃うのは最後かも知れない二日間を、鮮やかに描いている。とりわけ、三人の時間を愛おしく思うがゆえに眠気を堪えるところが印象的だ。けれど、時間を引き戻したいとは思わないあたりが、なかなか大人である。もう若くはないけれど、歳を取りすぎているわけでもない。そういう微妙な年齢の心理が感じられる作品である。

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木村 紅美
文藝春秋 2007-04

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