アンダーカレント
人のこころの奥深くにある底流。それを知らずして、わかったつもりになる。理解したつもりになる。見つめ合えていると錯覚する。分かり合えていると思い込む。表層にあるのは、わたしたちを織りなす一部分に過ぎないというのに。性懲りもなく、想い合う。わたしたちはそうすることで、コミュニケーションを取り、不器用なまでに関わり合う。ほんの一握りの可能性にすがるようにして。豊田徹也著『アンダーカレント』(講談社)は、そんな儚い期待や希望を描いた作品のように思う。そして、“人をわかるとはどういうことなのか”という、シンプルながら難解な問いかけを始終感じさせながら、穏やかな日常の中での出会いと別れを静謐なタッチで描いてゆく。
物語の舞台は銭湯である。夫が失踪して途方に暮れていたものの、家業を再開する女・かなえ。そこへ、ならず者的な謎めいた男・堀がやってきて、手伝うようになる。かなえは知り合いからのすすめにより探偵に夫の捜索を依頼し、これまで知らなかった夫の顔を知ることになる。物語は、黙々と為される銭湯の掃除風景や水面を見つめるかなえのうつろな表情など、沈黙のうちに展開される場面を効果的に挟みつつ、人のこころの深淵をなぞってゆく。また、かなえが繰り返し見るフラッシュバック的な夢の意味するところや、謎めいた堀の言葉や行動にも目を惹く。そして、さまざまに張り巡らされた伏線の多くは、最後の最後になってその蠢きを見せ始めるのだ。
結末を導くいくつもの伏線の中でも、とりわけわたしが印象深かったのは、前半部分で堀がかなえにドキリとする問いかけをする場面だった。この段階ではまだ、翳りのある二人の世間話にしか思えない。だが、後半部分になるにしたがって、なぜこの問いかけが出たのか、言葉を詰まらせた理由やその心境などが伝わってくる。堀がかなえを、あたたかいのに悲しげな目で見つめる理由も。その視線の先に何を見ていたのかも。タイトルになっている“アンダーカレント”には、下層の水流や底流。表面の思想や感情と矛盾する暗流という意味があるようだ。人のこころの奥深くにある底流。わたしたちはきっと、それを知ろうとこの先もずっともがいてゆくのだろう。
- 豊田 徹也
- 講談社
- 980円
書評/ライフスタイル

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