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2007.12.13

さりぎわの歩き方

20071205_5001 “いまどき、まっとうな、といえば、きっとこんな生き方だろう。だろう?”青春の終焉というもの。人生の節目なるそういう時期を、斜に構えたシニカルな視点で描いた、中山智幸著『さりぎわの歩き方』(文藝春秋)。結婚間近の29歳の<僕>は、世界中のニュースをネットで拾い集め、加工して配信するという、いわゆるまっとうじゃない仕事をしている。そんな中、ふと目に留めた本の帯の「いまどき、まっとうな青春小説」という惹句。そこで、一体何がいまどきまっとうなものなのか、考えてみる価値はあると思う主人公である。物語は、同年代の仲間に誘われて出かけた一泊合コンの顛末や、古くからの友人の転落人生を描いてゆく。

 いまどき、まっとうな。繰り返されるこの言葉に、何がいまどきで、何がまっとうなのか、わからなくなる。というのも、主人公の生き方は冷めていながらも、どこか日々生きることに対して、ある種の真剣さが感じられるからである。自分はこんなふうにしか生きられない。それでも生きてみせるんだ、という。これはまさに、いまどきの、まっとうな青春そのものなのではないか…一瞬そんな思いがよぎるほどに、物語は青春を青春らしくする要素を備えていると言ってもよいだろう。それでも、冒頭に挙げた物語の結びまで到達したところで、やはりこれはナイーヴな青春とは一味違う、いまどき、まっとうじゃない青春小説だと思い直すのだった。

 他に収録されている「長い名前」。こちらも人生の節目なる時期を描いた物語である。就職を目前に控えた主人公だったが、肝心の会社が倒産し、アルバイト先の喫茶店のマスターは急死。そこで店を任されることになる主人公。そんな時、マスターの奥さんからプレゼントされたウサギのぬいぐるみに、同棲中の彼女が執着を見せ始める。物語は、「なんとかなる」という気持ちで問題を先延ばしにしてきたつけが、じわじわと首を絞める様子が描かれてゆき、今いる場所に安住している自分の立ち位置というもの、迷いや葛藤というもの、男性と女性との性差というもの、人と人とが分かり合うことの難しさというものを痛いほどに感じさせる展開である。

4163261109さりぎわの歩き方
中山 智幸
文藝春秋 2007-06

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コメント

ああ、この本読んでみたいようで、読んでみたくないような・・・。
確実に感情移入できると分かっていても、怖くて読めないような匂いがします。

投稿: るる | 2007.12.15 00:26

るるさん、コメントありがとうございます!
きっと同年代には、身につまされるところ多々ある作品だと思う。
作家さんも同年代の方だったりするので。
でも、年配の人にはそれが甘っちょろく映っちゃうのかもしれないですね。
嗚呼、長きモラトリアム!

投稿: ましろ(るるさんへ) | 2007.12.15 08:17

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