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2007.12.04

桂子と。―藤林靖晃小説集

20070820_020 日がな一日、淡々と過ぎてゆく。時間の流れは刻々と。それでも人は穏やかに、ゆるやかに。そんな日々にはちっぽけな楽しみがあり、ささやかなる幸せがある。だから人は、生きてゆける。生きてゆかねばならない。ただ、それだけで。ただ、それだけのことで。藤林靖晃著『桂子と。―藤林靖晃小説集』(角川書店)は、老境における生活を描いた作品である。多くを望まず、少ないことに不満をもらさず。ただ、自分の没頭できるものに懸命になる。あとのことは無の境地。最低限のもので満足なのである。そうやって日々を繋ぐことが、ある種の美学であるかのように生きている。生きてゆく。今も。これからも。これから先もずっと。

 私小説の体裁を採った純文学のこの作品は、11の短編からなる連作である。60代の主人公は妻を亡くし、妹のような姉・桂子(主人公を「兄ちゃん」と呼んでいる)と二人暮らしをしている。二人きりの生活は決して裕福とは言えず、貯金を切り崩しながら、画で生計を立てている。もちろん、食事はあり合わせの質素なもの。よく似た繰り返しの日々の中で、二人はそれぞれに体を壊しつつも、僅かな楽しみを見出し、小さな幸せを感じながら、清々しいまでに生きている。この世界にはまるでお互いしかいないみたいに、たった二人きりで。そのような生き様に、読み手であるこちらまでが、妙にほっこりとした気持ちになってくるから不思議である。

 また、作品の中では頻繁に主人公と桂子のとりとめのない会話が展開する。中でも「いつ死んでもいい」という桂子の発言から展開される会話は、とても興味深い。それに対して共感する主人公は、けれど死ぬ直前まで明るくいたいと言い、自分以外の何かに執着する必要がある、と語る。そうして、誰にも翻弄されない世界を持っていたい、と確固たる自己を覗かせるのだ。この作品が老境においても清々しく感じられるのは、きっとこのような側面あってのことなのだろう。もちろん、ときには無性に虚しさに襲われることだってある主人公である。それでもやはり、この作品は生きることに貪欲だと言える。そして、そんな懸命さは、いつだって胸を打つ。

4048736426桂子と。―藤林靖晃小説集
藤林 靖晃
角川書店 2005-11

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