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2007.12.01

踊りたいけど踊れない

20050512_44007 わたしという名の躰に閉じこめられて、いくつもの小さなわたしを見つけ出す。無数に横たわる、わたし、わたし、わたし。本当のわたしはどこにいる。本当の言葉はどこにある――。寺山修司+宇野亜喜良による『踊りたいけど踊れない』(アートン)は、寺山修司没後20年を経てから出版された大人の女性のための絵本である。寺山氏の少女の淡い初恋を描いた童話と少女の内面を綴った詩に、宇野氏が独特の妖しくも美しい絵をつけ、何とも魅惑的な仕上がりになっている。時を経ても色褪せないものがあることに、愛おしさを感じつつ、眠れぬ夜にこっそりと開きたくなる。そして、かつて少女だったことに静かな笑みをこぼすだろう。

 ある日突然、手も足も言うことを聞かなくなり、ミズエは自分の中に閉じこめられてしまう。でも果たして、言うことを聞かなくなったのは、手や足だけなのだろうか。本当は、手や足の方が正直で、それを考えている頭だけが逆らっているだけなのかもしれない。ミズエは自分の中に閉じこめられながら、そこでたくさんの小さな自分を見つけ、悩むことになる。一体本当のわたしはどこにいるのだろう、と。“あなたのことが好きです”そう一言告げるのにも、なかなか思うように事は運ばないのだった。そう、これはミズエの初恋。たよりなくも甘い初恋なのだった。ミズエは、少女が誰しも一度は通る道を今、まさに通過しようとしているのだ。

 ミズエが通る道。それは決して特別なものではないだろう。物語上だけではなく、少女たちは誰しも(或いは少年たちも、大人であるわたしたちも)、頭と躰のアンバランスに戸惑いながら、初恋を通過してきたに違いないのだ。ときには、頭で考えていたこととは別の言葉が口をついて出ては、誰かを傷つけてしまうことだってあったかもしれない。けれど悲しいかな、人は移ろいやすくできていて、かつて通ってきたはずの道筋を、あっという間に忘れてしまう。見失ってしまう。だからこそこの物語は、大人になったわたしたちにそっと囁きかけてくれる。あなたもかつて少女だったとき、こんなにも煌めくような時間を過ごしていたのだと。

4901006452踊りたいけど踊れない
寺山 修司
アートン 2003-04

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コメント

寺山修司の才能は、スゴイ!に尽きます(* ̄∇ ̄*)
あたしは、短歌・俳句の才能しか、彼を知らないけれども、
その分野でも第一級の作品を残しています。

とりあえず、
例によってトラバ失敗したので( ̄∇ ̄;)
(あたしの記事が古いのが原因っぽい)

コチラ→http://tsutamaru.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_4c2c.html

投稿: つたまる | 2007.12.02 01:07

つたまるさん、コメントありがとうございます。
本当に寺山修司氏の才能はすごいですよね。
今でも根強いファンがいることが頷けます。
わたしはとりわけ、少女のために書かれた作品が好きで、
いつまでも古びないところに心を打たれました。

TB。先日こちらからもさせていただいたのですが、
やはりうまくゆきませんでした。
何が原因なのでしょう・・・?おかしいですよね。

投稿: ましろ(つたまるさんへ) | 2007.12.02 19:46

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