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2007.11.08

ともだち刑

20071021_068 憎しみや怒りは、いつまでもこびりつく。その根っこにある痛みをひきつれて。長い年月を経てもなお、じくじくと、じわじわとわたしたちを追いつめてゆくのだ。傷つけ、傷つけられて。そうして進む物語の端々にある感情は、いじめというかたちを超えて、どこか異常な執着を見せ始める。ひどく歪んだ恋慕のように。雨宮処凛著『ともだち刑』(講談社)は、少女たちの危うい関係性を描いている物語だ。在る瞬間を境にして、友だちが友だちじゃなくなる瞬間というものを、少女という生き物独特の残忍さで描くのだ。<あなた>に憧れを抱くゆえの<わたし>の苦悩は重苦しく胸に迫りくるが、目を背けることができない。いや、背けてはいけないのだと思う。

 <あなた>と<わたし>。その関係は、はじめから対等ではなかったように思う。<あなた>はあくまでも憧れであり、<わたし>はそれに強く焦がれていたから。それが、支配する側とされる側に変化するのも、自然な成り行きだったのかもしれない。“いじめ”に変化しないまでも…。そもそも、どんな関係性においても対等な関係など、実はないのかもしれない。人は想い、想われて、そうして結びつくのだから。同時に両者の想いが結びつき、互いを想い合うような奇跡が起きたとしても、その強い弱いは必ずあるに違いないのだ。だからこそ、片想いという言葉があるに違いないし、わたしたち誰もがそういう事情に人生を振り回されてしまうのだろう。

 誰かに焦がれる想い。物語では、それが唯一の救いであり、憎悪のかたまりともなっている。いつまでも、じとじととしこりを残すようなものとして。人はほんの些細な一言で喜びもするし、傷つきもする。だが、残念ながら喜びはなかなか記憶に残らない。その分、憎しみや怒りは一瞬のことでも長く根を下ろし、人の心に巣を喰うのである。そんな点で、この物語の主人公<わたし>の想いは、単なる歪んだものとして片づけられるものではない。どこかに隠された、人の闇の部分を映したように思えてならないのである。わたしには決して完全に彼女の痛みはわからない。だが、わたしは彼女の一部分を知っているように思うのだった。

4062760169ともだち刑 (講談社文庫 あ 95-2)
雨宮 処凛
講談社 2008-04-15

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