雪沼とその周辺
やわらかな瞬間が何度でも訪れて、現在から過去が透けゆく。そうっと。穏やかに。そうして、遠い記憶の彼方へと追いやられていた思い出の数々は、そこからふっと鮮やかに甦るのだ。ほろ苦くも優しく、あたたかに人々を包み込んで。堀江敏幸著『雪沼とその周辺』(新潮文庫)は、何も畏れず何も脅かすことのない、雪沼という町を舞台に展開してゆく。どこか親しみと、懐かしさとを感じさせながら。劇的なことなど何も起こらない。ただ起こるのは、過去と現在からの流れを掬い取ったように感じられる、ささやかな変化ある未来だけだ。それは、忙しく日々を生きるわたしたちが忘れている、あるべきはずの人の営みを思わせるのだった。
人の営み。もちろん、どの営みにしたって、誰の営みにしたって、営みには違いない。だが、この雪沼の人々の営みは特別なもののように思うのだ。雪沼。その町は、どこか時代の流れから避けるようにして、在る。そして、雪沼の人々が愛するのは、昔からの使い慣れた道具たちである。ステレオ装置だったり、ダンボール裁断機だったり、最初期モデルのピンセッターだったり…。人々は道具を慈しむように使い、磨かれた道具はそれに応える。どうかすると、道具に使われかねない現在とは、異なる関係性がそこにはあるのだった。その関係性を思うとき、人間がはじめて道具を使い始めた瞬間からの、深い重みのようなものを感じずにはいられなかった。
また、この作品。関係性でいうならば、淡い人間関係で繋がっているところが印象的だ。収録されている7つの作品の共通項は、雪沼を舞台にしている、ということぐらいであるが、人と道具との密接な関係性に対して、この淡さは人という生き物を象徴しているように思うのだった。そして思わずこの淡さから、雪沼という町の大きさや人々の繋がり、町並みなどを想像してしまう。すると、見知らぬ町だった雪沼が、ぐっと近くに感じられ、親しみや懐かしさが込み上げるのだ。もちろん、雪沼の人々の関係性は、希薄というのではない。無関心だというのとも少し違う。つかず離れずの、ちょうどいい心持ちでいられる、きっと理想的な人間関係なのであろう。
![]() | 雪沼とその周辺 (新潮文庫 ほ 16-2) 堀江 敏幸 新潮社 2007-07 by G-Tools |
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コメント
こんばんは♪
ましろさんのレヴューを読ませてもらって
ずいぶん前に読んだ堀江さんのパリ郊外の人々を描いたエッセイ?を思い出しました。
淡々と町並みや人々が目の前に浮かんでくるような作品いいですよね。
また読みたい本をみつけてしまいました(笑)
ありがとうございます♪
読書の秋、しましょう♪
投稿: nadja | 2007.11.02 20:40
nadjaさん、コメントありがとうございます!
“読んでみたい”と思ってもらえると、
書いた甲斐があったというものです。
更新頻度も読書量も減っているこの頃なので。
実はまだ、堀江さんのエッセイは未読なのです。
今度手に取ってみますね♪
こちらこそ、どうもありがとう★
投稿: ましろ(nadjaさんへ) | 2007.11.02 21:26