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2007.08.06

草の花

20070807_020 愛されたい。ただそう願うことが、贅沢だとは思わない。むしろ、ひどく謙虚な人としての営みの1つだと、わたしは思う。けれど、その、ただ一人の存在を探し出すことは容易なことではないのだ。理想的なかたちを思い浮かべれば浮かべるほどに、現実的な落差は深い孤独感を呼ぶに違いない。福永武彦著『草の花』(新潮文庫)を読みながら、まるでささやかなる希望が打ち砕かれるような心地になった。そう、これは絶望的な孤独の寂しさに満ちた物語なのである。夢を見ることすらできなかった一人の男の悲劇というべきか。あまりにも若過ぎる死の、あまりにも切実なる思いの、あまりにも潔癖過ぎるゆえの、そういう悲しみの物語なのである。

 サナトリウムで療養する人々の中に、汐見という男がいた。彼は、或る冬の日、友人に2冊のノートを残したきり、自殺行為にも似た手術の果てに逝ってしまう。そのノートには、彼がその研ぎ澄まされた理知ゆえに、青春の途上で叶わなかった思いの数々が、切実に綴られていた。共に過ごし学び、慕い合ったはずの藤木との純粋な愛に破れ、また藤木の妹・千枝子との恋にも挫折した汐見。彼は、とりわけ、自分の愛情が同じ深さでかえってくるかどうかを疑っていた。それは、彼から人を遠ざけるに充分な材料となり、誤解した人々は徐々に彼から去りゆくことに繋がってしまった。汐見は、自分自身の孤独の内に、ひどく閉じこもり過ぎていたと言えるだろう。

 物語の途中に、こんな独白がある。“藤木、と僕は心の中で呼び掛けた。藤木、君は僕を愛してはくれなかった。そして、君の妹は、僕を愛してはくれなかった。僕は一人きりで死ぬだろう……”と。人生の現実は、なんと残酷なものだろう。汐見の悲劇は、きっと完全な理解の上に関係が築かれなければならないという、潔癖さにあったように思われる。結局人間というのは、お互いを完全に理解することなどできないのか…そんな疑問が頭をよぎってくる。だが、世の中に成就する関係が数多くあることを考えれば、汐見のような思いは、彼ゆえの生き様のように思えてならない。どうか、このような孤独な魂が救われますように。そう祈るような気持ちでいっぱいになった。

410111501X草の花 (新潮文庫)
福永 武彦
新潮社 1956-03

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コメント

 はじめまして。「ペンギンブックカフェ」という拙いブログをやっておりますペンギン店長というものです。
 あまり積極的にコメントとかはしないのですが、「草の花」に関しては異常に反応する性格のため、後先考えずにコメントいたしました。
 今でもこの本が読まれているんだなぁととてもうれしく思います。この本は私の人生を変えたといっても過言ではない本なのです。あまりにも影響が強すぎて、いまだにまともな感想が書けないでいるくらいです。
 もっともっと書きたいのですが、いつの日か自分のブログで書ける日を待ちたいと思っています。
 また寄らせていただきます。

投稿: ペンギン店長 | 2007.08.07 18:36

ペンギン店長さん、はじめまして。コメントありがとうございます!
「草の花」は、高校時代に読んだきりだったのですが、
わたしも何かと思い入れがありまして、今回レビューを書いてみました。
肝心なことは何一つ書けなかった気がして、
少しばかり反省していたところだったの、
コメントいただけてとても嬉しい気持ちでいっぱいです。
ペンギン店長さんのレビュー、楽しみにしてますね。

投稿: ましろ(ペンギン店長さんへ) | 2007.08.08 15:27

私もこの作品は高校の時読みました。
この作品の中の藤木へのプラトニックな愛は、何て言うか、私にとって愛を哲学的に捉える上で、大事な本のひとつでした。
と書くと、何か大げさですが。
その後進学して、福永武彦の「死の島」で卒論を書いたんです。
その時この本を何回も付箋を何枚も貼って読んだ思い出があります。
ホント懐かしい。
もう、文庫では絶版かもなぁ・・・・・・

投稿: 牧場主 | 2007.08.08 22:20

牧場主さん、コメントありがとうございます。
この本で愛を哲学的に!とっても素敵じゃないですか。
牧場主さんは、結構ロマンティストなのですね。
しかも福永武彦で卒論を書かれていたとは…ますます素敵です!
「死の島」は未読なので読んでみたいと思ったら、
文庫なのにユーズドで2200円もの値がついていましたよ。
どうしてこう、いい本ばかりが絶版なのか、本に関するひとつの謎です。

投稿: ましろ(牧場主さんへ) | 2007.08.09 06:23

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