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2007.08.10

ぼくによろしく

20070807_039 どうかすると見失ってしまうわたし。どうかすると目を背けたくなるわたし。自分と向き合うというのは、実はとても難しい。とりわけ、苛立ちやモヤモヤを抱えた10代の頃の子どもにとっては、なおさらのことである。日記を書くことによってもう一人の自分を知る物語である、ガリラ・ロンフェデル・アミット作、樋口範子訳『ぼくによろしく』(さ・え・ら書房)を読みながら、そんなことを感じた。大人になった今でさえも、どこかでわたしは、自分自身を見つめることから逃れようとしている気がして。いくつになっても大人になりきれないわたしにとって、この作品はとても心に痛かった。未熟なわたしは、日記をつけることからすら、逃れようとしていたのだから。

 父親は刑務所、母親は再婚。それに加えて8人もの兄弟。貧しい暮らしの中にいた主人公のシオンは、生まれ育った所とは環境の違うシロニー家に里子としてやってきた。言葉遣いも、遊び方も、生活スタイルも、何もかもが異なることに、毎日戸惑う日々である。そんなある日のこと、シロニー先生の薦めで日記を書くことになったシオン。いつのまにか同じ歳のニルと競うように、日記に夢中になってゆく。そして、自分の気持ちを言葉にしていくうちに、もう一人の自分と出会うことになる。シオンの心の奥底がつぶさに感じ取れるような瑞々しい言葉の数々は、忘れかけていた子ども心そのもので、ときどきはっとするほどきらめいているのが印象的だ。

 シオンの心の奥底。それを知っていたのは、誰でもなくシオン自身だったのだろう。胸に秘めた思いを言語化することによって、はじめて明らかになってゆくこともあることに、今さらながら驚いてしまう。“思いは言葉にしなければ伝わらない”とは、よく言ったものである。もしかしたら、わたし自身にとっても、わたしの知らない思いが、心の奥底に潜んでいるのかもしれない。こうしてブログに言葉を紡ぐうちにひらめく気持ちがあるのと同じように。もちろん、日記を書くことだけが、言語化することではない。誰かに宛てた手紙でもいい。誰かに話すことでもいい。そうして、思いを言葉にすることで、新たな自分自身を自らの手で見つけてゆくのである。

4378007959ぼくによろしく
Galila Ron‐Feder‐Amit 樋口 範子
さえら書房 2006-04

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