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2007.08.04

八日目の蝉

20070802_009 いつまでも逃げ続けられるとは思わない。どこまでも逃げ続けられるとも思わない。それなのに、気がつけば祈っていた。どうかこのまま逃げられますように。どうかどうか、少しでも長く一緒にいられますように、と。角田光代著『八日目の蝉』(中央公論新社)は、ある誘拐犯の女の逃亡の果てを描いた作品である。プロローグとなる0章、女の日記形式による逃亡の日々を綴った1章、そして女に連れ去られた過去を持つ恵里菜が主人公の2章からなる。何をしようとしたわけでもない始まりから、ふっと魔が差したように赤ん坊を連れ去ってしまう女の心理が、うっとりするほど細やかに描かれてゆく。どうしたって犯罪には違いないその行為に、奇妙なくらい感情移入してしまう展開だ。

 女は当たり障りのない生き方をしてきたつもりだった。なんとなく進学して、なんとなく就職して、そのまま誰かと結婚して子どもの母となる…はずだった。けれど、その運命の歯車は一人の男性と出会ったことで狂ってしまう。不倫にありがちな口説き文句の数々、甘い未来への期待によって。女はやがて男性の赤子に対して、自分の子を重ね合わせ、衝動的に連れ去ってしまう。そして、逃亡の日々が始まるのである。怖々抱いていた赤子が懐いてくるたびに、愛おしさを増してゆく女の心情は、きっとどこにでもいる母親のそれに違いなく、物語が進むうちに本物の母と子のように思えてくる。そう、ごくごくありふれた本当の、本物の親子のように。

 一方、大学生へと成長した恵里菜は、過去の出来事に暗い影を落としていた。僅かに残る記憶の断片は、彼女を一人にさせた。そして、血のつながりのないあの女と同じ運命をたどろうとしていた。女との日々は、彼女の中で根を張りめぐらせていたのか。それとも、血のつながりがあるなしに関わらず、恵里菜と女は強く結ばれていたのか。運命の残酷さとあたたかさを、同時にひしひしと感じる展開である。煌めく光の先に何が待っているのか。彼女たちの運命は、どう交差するのか。物語は茶化すみたいに、認めるみたいに、なぐさめるみたいに、許すみたいにおしまいを迎える。そこにはやわらかなぬくもりと、あるべき未来が待っているはず。きっと。絶対に。

4120038165八日目の蝉
角田 光代
中央公論新社 2007-03

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13 角田光代の本」カテゴリの記事

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コメント

はじめまして。
角田さんの新境地、じっくり楽しみました。
スピード感あふれる展開、追われる者の焦燥感がリアルに描かれていて、
そこはさすが角田さんだなぁと思いました。
逆に第二章では、成長した薫の内面や葛藤の様子が、
これまたみずみずしい感性で描かれていましたね。
名作だと思います。

「その子は朝ご飯を…」
しかり、
「この子は目を開けて、生い茂った新緑を…」
しかり、
母親という存在が強い訳が、すこしわかったような気がしました。
ラストのフェリー乗り場、映像を思い浮かべるとキュンとなってしまいます。

希和子と「薫」の幸せを願ってやまない気持ちです。

投稿: Rutile | 2007.08.04 22:03

Rutileさん、はじめまして。
コメント&TBありがとうございます!
わたしにとってはかなり久しぶりの角田さんの作品でしたが、
本当にいい意味で期待を裏切ってくれたような気がしています。
いいですよね、角田さんの作品って。
それにしても、母親の存在というのは偉大というか、
とりわけ特別なものなのですね。
わたしも、希和子と薫(恵里菜)の幸せを願いたいです。
こちらからもTBさせてください。

投稿: ましろ(Rutileさんへ) | 2007.08.05 07:19

私も最近この本読んで記事書きました。
この本では、不倫相手の言い分がごっそり抜け落ちているのがすごく作品として興味深かったです。
角田さんはやっぱ、女の生きがたさのようなものを捉えたいという思いがあるんでしょうね・・・・・・。
鈍痛というか。
角田さんが、この本売れてないんですよねーってぼやいていたのを拝見しましたが、角田さんのファンは、新興宗教のあたりが重かったんですかね。
自分の人生とリンクしなくても、共感すべきところはごろごろありすぎて困るほどなんですけどね。

投稿: 牧場主 | 2007.08.05 11:50

牧場主さん、コメントありがとうございます!
えっ!この本、売れてないのですか!?
そういうわたしも買ってはいませんが…笑。
すみません。怖々図書館で借りてしまいました。

そうですね、確かに不倫相手の言い分がごっそり抜けていますね。
だからこそきっと、犯罪者側に感情移入してしまうんですね。
それが作者の意図した心理作用だとしたら、
完全にワナにはまってしまったことになってしまう…。
考えてみたら、かなり、こ、こわい作品ですね。

投稿: ましろ(牧場主さんへ) | 2007.08.05 13:36

ましろさん、こんにちは!
冒頭からとてもとても引き込まれた作品でした。
希和子の章では祈るような気持ちで読んでいましたし、2章では恵理菜を見守る母の気持ちで読んでいました。
自分の立場から見れば希和子の行動は憎むべきなんですが、なぜでしょう、この二人の幸せを祈るばかり。
母って子を産むから母なのではなく、育てていく過程で母になるのですよね。そんなことを教えられました。
私も久しぶりの角田作品でしたが、これを機にいろいろ読んでみようかな、って思っています。

投稿: リサ | 2008.01.25 17:15

リサさん、コメントありがとうございます!
“子を産むから母なのではなく、育てていく過程で母になる”。
なるほど。深い言葉ですね。
わたしは母親になったことがないので実感が伴わないのですが、
読んでいて希和子に感情移入してしまったり、
ついついその行く末を祈ってしまうのは、
きっと彼女が「母親」となってゆく様を読んでいたからなのでしょうね。
角田作品、なかなか手強く奥が深いですねー。
もっと読み込まねば、と思いました。

投稿: ましろ(リサさんへ) | 2008.01.25 20:25

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