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2007.08.02

西瓜糖の日々

20061003_015 空を埋めるように立ちこめる、イメージの渦に呑まれてゆく。そこにある脆く危うげな均衡と、西瓜糖に満ちている分、浮き彫りになってゆくさまざまな欠落は、穏やかながら憂鬱にわたしたちを染めてゆくようだ。多くのものが西瓜糖でできた<アイデス>は、“iDEATH”と書くことから連想できる死の影に、どことなく惹かれてゆく世界でもある。死後の世界にも似た雰囲気を漂わせながら、静かでひそやかに人々は暮らしている。それと相反するように存在する<忘れられた世界>は、暴力的で過剰な世界として<アイデス>の静謐さを脅かしてゆく。また、人間たちが喰い殺されてきた<虎たちの時代>の記憶は、いつまでも<アイデス>に残るしこりの1つだ。

 そんな微妙な均衡の中で展開される、リチャード・ブローティガン著、藤本和子訳『西瓜糖の日々』(河出文庫)は、不確かなニュアンスに満ち満ちている。必然ではなく、偶然に溢れているのである。相反する2つの世界、<アイデス>と<忘れられた世界>の住人の運命を弄ぶかのように。そもそも、著者は<アイデス>を肯定も否定もしていないのである。そして、この物語の語り手にすら名前を与えないまま、読み手一人一人に解釈を委ねてくる。<アイデス>とは、理想郷なのか。<アイデス>とは、そもそもどういう共同体であるのか。甘くも残酷に広がる世界に対して、わたしたちは呑まれるように侵食されてゆく。かつて、虎に怯えていた人間たちのごとく。

 この奇妙なる物語を救いに導いているのは、詩的に紡がれた言葉たちのように思う。とりわけ、その美しさを際立たせているのは、短い章立てで完結してゆく1つ1つの物語である。<アイデス>で長年紡がれることのなかった物語は、西瓜糖でできた世界を鮮明に映し出す。“いま、こうしてわたしの生活が西瓜糖の世界で過ぎてゆくように、かつても人々は西瓜糖の世界でいろいろなことをしたのだった。あなたにそのことを話してあげよう。わたしはここにいて、あなたは遠くにいるのだから…”この謎めき、この誘い、この魅惑、どれを取っても、この先の物語を知りたくなる書き出しである。そして、西瓜糖の世界に足を踏み入れたが最後、物語の虜になるのだ。

4309462308西瓜糖の日々 (河出文庫)
Richard Brautigan 藤本 和子
河出書房新社 2003-07

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コメント

はじめまして。
久々に再読した『西瓜糖の日々』で検索して参りました。
残酷な描写なのに何故か痛みのない不思議な世界。
物語の中で幽体離脱感を感じます。
『芝生の復讐』のアーティクルも拝見し
ぜひ読まなくては、と思いました。

投稿: なる@ | 2008.06.06 22:12

なる@さん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
この『西瓜糖の日々』は、本当に危うく不思議な世界で成り立っていますよね。
ブローティガンの作品にもっともっとふれたくなってしまう。
『芝生の復習』。読まれたら、
またぜひ感想など聞かせてください。

投稿: ましろ(なる@さんへ) | 2008.06.07 13:07

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