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2007.08.22

さよなら、日だまり

20070820_017 爽快なまでに壊れゆくものがある。ごくありふれた日常に潜む、ほんの僅かな綻びが命取りとなって。そこにつけ込む人がいて、つけ込まれる人がいて。そんな光景は、第三者から見ればひどく滑稽に映るのであるが、当事者にはなかなかわかるまい。いつしか見せた弱さは、ときに底知れぬ恐怖へと結びつくこともあるのだ。平田俊子著『さよなら、日だまり』(集英社)は、あるひとつの夫婦のかたちが崩壊するまでを描いた、見事な心理劇である。理性と常識とを持ち合わせていようとも、太刀打ちできずにじりじりと追いつめられてゆく過程は、ぞっとするほど恐ろしい。そして、タイトルに込められた思いに、ほろりとくるのだった。

 物語は、主人公が、偶然知り合った女性に結婚生活の不満をぽろっとこぼしたところから、ずんずんと崩壊へと向かう。その女性の紹介で占い師の男性を紹介され、手相を見てもらうことになった主人公は半信半疑だったものの、のちに彼らと出会った主人公の夫はいとも簡単に信じ込んでしまうのだった。そして、彼らとの交流が深まれば深まるほどに、取り返しのつかない結末へと近づいてゆくのである。和やかムードの占いから一転して呪術的な示唆へと変わるあたりから、登場人物たちの関係は滑稽さを増し、胡散臭いムードが立ちこめる。あの手この手を尽くして、よどみなく重ねられる様々な嘘は、もはやとどまることを知らないのだった。

 この物語。恐ろしくも、滑稽にも読めるわけであるが、同時に虚しさをも呼ぶ。人と人との関わり合いの中で、生まれてくる隙間に対して、無性に哀しみを覚えるのだ。かつて信じ合っていた者同士が、ほんの僅かなことですれ違うことがある。同じものを見つめていても、その感じ方や受け取り方が違うこともある。言葉一つにしても、その解釈は違うのである。そんな曖昧な感受性をもって関わり合うことで、果たしてわたしたちは何をしたいというのだろう。信じ合えたつもりになって。分かり合えたつもりになって…。物語は、あまりにさらっと読めてしまう。だが、そのさらっとした文体の奥に、心の底に根づく疑問を隠し持っている気がした。

4087748634さよなら、日だまり
平田 俊子
集英社 2007-07

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