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2007.07.01

刺繍

20070526_019_1 温かなぬくもりと、やわらかな肯定とに包まれていた。人はいずれ老いてゆく。それでもできることならば、一生最期の最期まで女として終わりを迎えたいと切に思う。愛されていたい。老いてもなお、恋愛の対象でいたい。ひとりきりの最期でもいい。自分が一人の女としてこの世界にいたことを、何らかの証として遺せるのなら。そんなことを思わせる、川本晶子著『刺繍』(筑摩書房)。母親の認知症という深刻なテーマを扱うこの小説は、それでも明るさを忘れずに描き出している。老いていくことの不安と寂しさ、介護に対するプレッシャー、いつか終わりがくるかもしれない恋人との関係で揺れ動く過程を、まるで自分自身のことのように読んでいた。

 主人公は、もうすぐ40歳になる。離婚歴あり。子どもなし。20歳年下の恋人あり。仕事も恋愛も軌道に乗り始めている。ところが、認知症を患っている母親が、主人公の恋人敏雄に恋心を抱いていることがわかる。結婚や同棲などかんがえたこともなかった主人公だったが、母親の介護のために両親と主人公と敏雄の奇妙な同居生活がはじまってしまう。妻の恋心を認めながら献身的に介護する父親の姿と、大人顔負けの思慮深さと寛容さを見せるいまどきの青年、敏雄。やさしく見守る男性たちと、病状が悪化するほどに恋心を剥き出しにする母親に対する複雑な思いに揺れながら戸惑い悩む主人公の姿は、その人間らしさに共感を呼ぶだろう。

 また、世間的には大人であるはずの主人公が、そこに実感が伴っていない自分への苛立ちや焦燥感など、誰もがうすうす感じていた大人という言葉への漠然とした違和感やずれを語っているところも見逃せない。そして、後半部分に出てくる刺繍をする場面は、母親との思い出と、これから先に起こるだろうすべてのことを受け止めようとする覚悟と祈りの時間が、なんとも美しく描かれているのだ。その温かなぬくもりと、やわらかな肯定に包まれて、人がいずれ老いゆくことも、人として女として愛されることも、すべての事柄に対して、前向きに考えている自分にふと気づく。先のことはわからない。でも、わからないながらに懸命に生きていけたらと思う。

4480803939刺繍
川本 晶子
筑摩書房 2005-11

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