« 名づけえぬものに触れて | トップページ | ラ・ロンド 恋愛小説 »

2007.07.29

最後の命

20070109_021 つうんと胸に刺す痛みがはしる。あまりにも悲しくて。あまりにもやりきれなくて。けれど、ひどく重苦しくのしかかってくる切なさは、ページをめくることを止めさせない。本を閉じることを許さない。読み出したが最後、文学の深みと圧倒的な筆力にやられてしまうのである。人間の内面に潜む闇と本物の光を描いた、中村文則著『最後の命』(講談社)。そこに在る悲しみの深みにはまりながら、紡がれた言葉たちを1つ1つ噛みしめるように読んだ。いや、そうすることしかできなかった。そうして、自分自身の無力さと、ちっぽけな存在でしかない自分への怒りとを痛いほどに感じていた。それが、じわりじわりと虚しさに変わってゆくまで。

 物語は、日に日に干涸らびてゆく男を主人公に展開する。ある日、男が帰宅するとベッドの上で女が死んでいる。警察で取り調べを受ける男は、そこで意外な人物の名前を聞くことになる。かつての親友の名を。そうしてその名は、男を強制的に少年時代に起こった強姦殺人事件へと引き戻すのだった。幼い心の奥底に欲望の種子を宿したその事件は、二人の男の運命を容赦なく切断する。暴力と、欲望の生みだす罪。その残酷さの中にある、人の希望とは何なのか。人間の内面に潜む闇と本当の光に焦点をあてた物語展開は、或る悲しい存在のかたちを浮かび上がらせるようでもある。その深みにはまるようにして、一気に読ませてどっぷりと浸らせてくれる。

 ここでの或る悲しい存在のかたち。それは、男の生き方そのものであり、男の親友そのものでもある。もしかしたら、物語そのものが悲しい存在だと言えるのかもしれないが。どんなふうにでも生きられたはずの人間が、1つの出来事をきっかけに運命の歯車を狂わされてゆく様。そして、様々な偶然が重なってさらに追いつめられてゆく様。そんな滑稽なまでに積み重なる悲劇的な展開は、本来のあるべき姿をあとかたもなくかき消してゆく。また、皮肉で残酷な時間の流れは、尊いはずの命さえ、救われるべき命さえもかき消してしまうのである。けれど、その救いのない闇があるからこそ見えてくる光がある。希望がある。この物語は、そう思わせてくれるのだった。

4062139596最後の命
中村 文則
講談社 2007-06-12

by G-Tools

にほんブログ村 本ブログ←素敵ブログ、いっぱい。
もしもお気に召しましたら人気blogランキングへ…

|

« 名づけえぬものに触れて | トップページ | ラ・ロンド 恋愛小説 »

41 中村文則の本」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

この本はとても難しかったです。
拙ブログでレビューを書きましたが、文にするのってホントにむつかしい。
特に最後のあたりは何回か読みましたが、作者のいわんとすることがそこにありながら、頭に入っていかないかんじでした。

投稿: 牧場主 | 2007.08.21 11:33

牧場主さん、コメントありがとうございます!
この作品。わたしも、難しかったです。
中村氏の作品はずっと追いかけてきましたが、
こんなにもレビューの書きにくい作品ははじめてだったような気がします。
牧場主さんのレビュー、楽しみに読ませていただきますね。

投稿: ましろ(牧場主さんへ) | 2007.08.21 14:09

ああ、レビュー、ましろさんで書きにくかったんですか。
本を読むって、人間の感情の限界まで知りたいという欲に突き動かされてする行動でしょう。
作者はとことんまで暴かざるを得ない思いがあったんでしょうけど、私は、たとえば現実の山口母子殺人事件とかニュースで見てると、その闇の深さに、もう、分からないことは分からない、それ以上はもういいという問題から逃げたいという思いも同じだけあるので、しんどかったです。

ましろさんが↑のレビューで、「光」「希望」という言葉を使ってあるのには、少々びっくりしました。
そうか、あの話を、あのラストを、そういう言葉で定義する人もいるんだ、と。

投稿: 牧場主 | 2007.08.22 10:19

牧場主さん、再びコメントありがとうございます!
厳密に云うと物語には、確かな光や希望なんてどこにもないのですよね。
それでも敢えてわたしが「光」とか「希望」を持ち出したのは、
きっと自分自身が救われたい一心だったからなのだと思います。
どん底まで落ちた後には、例えそれがほんの僅かな光だろうとも、
もう光しかみえないのではないか、と。
これは、わたしの単なる願望にすぎないのですけれど、ネ。
物語の結末には、何かしらの救いが欲しい気がして。

投稿: ましろ(牧場主さんへ) | 2007.08.22 14:52

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55029/15934866

この記事へのトラックバック一覧です: 最後の命:

« 名づけえぬものに触れて | トップページ | ラ・ロンド 恋愛小説 »